RAG(検索拡張生成)とは?生成AIとの関係や活用事例を紹介

現在、ChatGPTなどの生成AIを自社の業務に導入している企業、あるいは積極的に導入を検討している企業が、徐々に増えてきています。
しかし、AIが生成した情報の信頼性や正確性といった点で、懸念が生まれているのも実情です。

 

そこで本記事では、より正確で信頼性の高い情報を生成するRAGについて、その概念や仕組み、導入メリット、活用事例などを紹介します。


▶記事監修者:髙橋 和馬氏
IKIGAI lab.オーナー/富士フイルムビジネスイノベーション株式会社

生成AI社内推進者や実践者が集まるコミュニティ「IKIGAI lab.」のオーナー。NewsPicksトピックスをはじめ、インプレスThinkIT、こどもとITで生成AI記事を連載。その知見をもとにイベント開催や企業での講演実績も多数。社内では海外工場で新商品立ち上げや人材育成に加え、生成AIを活用した営業プロセスや製造業の業務改革に着手。



RAG(検索拡張生成)とは?

近年、生成AIの進化により企業のデジタルトランスフォーメーションが加速する中、より正確で信頼性の高い情報生成が求められています。そこで注目を集めているのが、RAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)という革新的な技術です。

 

RAGは、大規模言語モデル(LLM)によるテキスト生成に外部情報の検索機能を組み合わせた技術です。従来のLLMが持つ知識は学習データに限定されていましたが、RAGは外部データベースから最新の情報を取得し、より正確な回答を生成することができます。

 

この仕組みを活用することで、AIが常に最新のデータを参照し、より正確で信頼できる回答を生成することが可能となります。特に、専門性の高い業界や頻繁に変化する情報を扱う企業にとって、誤情報のリスクを減らすことは顧客満足度やブランド信頼性に直結します。


RAGの仕組み

生成AIは、大量のデータをもとに文章を生成する一方で、情報が古い、あるいは不正確な場合があります。RAGは、生成AIの限界を補うための手法であり、生成プロセスにおいて外部の最新かつ信頼性の高い情報源を検索し、それを基に回答を作成する仕組みを提供します。

 

この技術の特徴は、「検索」と「生成」という2つのプロセスを組み合わせている点にあります。まず検索フェーズでは、ユーザーの質問に関連する情報を外部データベースから取得します。続く生成フェーズでは、取得した情報を基にLLMが回答を生成します。

 

さらに、RAGは情報取得と生成を一体化することで、効率的な運用を可能にし、導入コストや運用負担の軽減にも寄与します。そのため、生成AIの実用性を最大化するためには、RAGの仕組みを理解し、適切に導入することが企業にとって重要なステップとなります。

 

ここからは、RAGの仕組みについて「検索フェーズ」と「生成フェーズ」の2段階のプロセスを詳しく解説します。


検索フェーズ

RAGの検索フェーズでは、ユーザーからの質問や要求に対して、最適な情報を外部データソースから効率的に取得します。最近のRAGでは、複数の検索手法を組み合わせることで、より高精度な情報検索を実現しています。

 

主な検索手法として、キーワード検索、ベクトル検索、セマンティック検索があります。例えば、まずキーワード検索で関連するドキュメントを絞り込み、次にベクトル検索で文章の類似度を計算し、最後にセマンティック検索で文脈や意図を考慮した上で最も適切な情報を抽出するといった処理が行われます。この多段階の検索プロセスにより、ユーザーのクエリに対して高い適合率で関連情報を取得することが可能となっています。

 

キーワード検索は単語や文字列のパターンマッチングを行い、ベクトル検索は文章の意味を数値化して類似度を計算します。セマンティック検索は、文脈や意図を理解した上で関連情報を抽出します。

 

検索精度を向上させるための重要な要素として、データの前処理があります。文書のチャンク化(適切な長さに分割)やベクトル化(数値表現への変換)を行い、効率的な検索を可能にします。


生成フェーズ

RAGの生成フェーズでは、検索フェーズで収集した情報を基に、大規模言語モデル(LLM)が高品質な回答を生成します。最近では、より洗練された生成プロセスが実装されており、回答の質が大幅に向上しています。

 

生成フェーズの核となるのは、プロンプトエンジニアリングです。検索フェーズで取得した情報は、適切なプロンプト設計によってLLMに入力されます。プロンプトの構造化と最適化により、回答の正確性が向上します。

 

特に注目すべき点は、コンテキストの重み付けです。従来のRAGシステムでは、検索結果をそのままLLMに渡していましたが、近ごろは情報の重要度に応じた重み付けを行い、より文脈に即した回答を生成できるようになっています。

 

また、フィードバックループの実装も重要な要素です。生成された回答の品質を評価し、その結果を次回の生成プロセスに反映させることで、システムは継続的に学習し、精度を向上させていきます。


生成AIとRAGの関係

生成AIが持つ強力な文章生成能力に、RAGの正確な情報検索機能を組み合わせることで、より信頼性の高い情報提供が可能になっています。

 

従来の生成AIは、事前学習データに基づいて回答を生成するため、最新情報の反映や特定分野の専門知識の活用に制限がありました。一方、RAGを組み合わせることで、外部データベースから最新かつ正確な情報を取得し、それを基に回答を生成できるようになります。

 

また、RAGと生成AIの組み合わせは、カスタマイズ性の向上にも貢献しています。企業独自のデータベースや専門文書を参照することで、業界や組織特有のニーズに応じた回答生成が可能になります。さらに、マルチモーダル対応により、テキストだけでなく画像や音声データも含めた総合的な情報処理が実現しています。


RAGと生成AIの相互補完

RAGと生成AIは、それぞれの強みを活かしながら、より高度な情報処理を実現する相互補完的な関係にあります。

 

生成AIは、膨大な事前学習データを基に自然な文章を生成する能力に優れていますが、最新情報の反映や専門分野での正確性に課題がありました。一方、RAGは外部データベースから関連情報を取得し、生成AIの出力を補強することで、より信頼性の高い回答を実現します。

 

特に注目すべきは、生成AIが抱えるハルシネーション(幻覚)の問題を、RAGが効果的に軽減できる点です。

 

さらに、マルチモーダルデータの処理も可能になっています。テキストだけでなく、画像や音声データも含めた総合的な情報処理により、より豊かなコンテキストを生成AIに提供できます。これにより、製品の視覚的な特徴や音声による説明なども含めた、より包括的な情報提供が可能になっています。


RAGによる生成AIの強化

従来の生成AIモデルは、学習時点でのデータに依存していましたが、RAGは外部データベースの最新情報をリアルタイムに取得し、回答生成に反映させることができます。これにより、市場動向や技術革新などの最新情報を含めた、より実用的な回答が可能になりました。

 

また、RAGは情報源の透明性を確保する点でも優れています。RAGは使用した情報源を明示することができ、これにより回答の信頼性が大きく向上します。

 

さらに、RAGは新しいデータソースの追加が容易です。企業独自の知識ベースを柔軟に統合できるため、業界特有のニーズに対応した高精度な回答を生成できます。


RAGを導入するメリット

RAGを導入することで、企業は複数の重要なメリットを得られます。また、RAGの導入メリットを理解することは、生成AIをより戦略的に活用し、ビジネス成果を最大化するためにも重要です。

 

RAGの導入メリットとして、主に以下が挙げられます。

●   情報の正確性と信頼性の向上
●   コスト効率と運用効率の向上
●   パーソナライズとカスタマイズが容易

 

これらを最大限に活かすことで、顧客対応や意思決定の場面で最適な情報を提供でき、その結果、顧客満足度の向上や競争優位性の確立にもつながるでしょう。


情報の正確性と信頼性の向上

RAGの導入により、生成AIの最大の課題であった情報の正確性と信頼性が大幅に向上しています。

 

特に医療アドバイス、法的相談、カスタマーサポートなど、事実に基づく正確な情報提供が不可欠な分野では、RAGの効果が顕著に表れています。外部データベースからリアルタイムで信頼性の高い情報を取得し、それを基に回答を生成することで、誤情報のリスクを最小限に抑えることが可能です。

 

RAGシステムの特徴的な点は、多様な情報源へのアクセスが可能なことです。公共データベース、業界特有のデータベース、企業独自の文書やレポート、さらにはニュースや最新のメディア情報まで、幅広いソースから関連情報を取得できます。

 

また、RAGは回答生成時に参照した情報源を明示できる点も重要です。これにより、ユーザーは生成された回答の根拠を確認でき、より効率的な事実確認が可能になります。


コスト効率と運用効率の向上

RAGは外部データベースを活用するため、新しい情報の追加や更新が容易で、従来のLLMで必要だった高コストな再学習プロセスが不要です。そのため、システムのメンテナンスにかかる費用を削減できます。

 

運用面では、データの更新が極めて簡単になります。従来のシステムでは、新しい情報を反映させるためにモデルの再学習が必要でしたが、RAGでは外部データベースの更新だけで対応可能です。この特徴により、情報更新の頻度を高めつつ、運用担当者の作業負担を軽減できます。

 

さらに、カスタマーサポートでの問い合わせ対応や、社内文書のデータ検索など、多くの業務プロセスで効率化が可能です。


パーソナライズとカスタマイズが容易

RAGの大きな特徴の一つは、企業や組織特有のニーズに合わせた高度なパーソナライズとカスタマイズが容易な点です。従来のAIシステムと比較して、より柔軟で効果的なカスタマイズを可能にしています。

 

企業独自のデータベースとの統合の容易さも注目すべき点です。社内文書、過去の事例、専門知識など、組織固有の情報を外部データベースとして活用することで、業界や企業特有の文脈を理解した回答が可能になります。

 

また、ユーザーごとのパーソナライズも進化しており、ユーザーの行動履歴や属性情報を基に、個々のニーズに合わせた情報提供が可能です。


業界別のRAGの活用事例

RAGの活用は様々な業界で急速に広がっており、それぞれの分野で多くの成果を上げています。情報の正確性、コスト効率の良さ、リアルタイム性の高い情報などの利点もあり、様々な分野で活用されています。

 

ここでは、以下の業界や分野での活用事例を紹介します、

●   金融業界
●   小売業界
●   広告・マーケティング業界
●   製造業界
●   建設業界
●   医療分野
●   教育分野

 

これらの活用例を参考にすることで、生成AIやRAGを使った業務効率化や新たなビジネス機会のアイデアが生まれることもあります。

 

そのためには、自社の課題や問題点、ニーズなどを明確にしておくと良いでしょう。


金融業界

金融業界におけるRAGの活用は、急速に進展中です。投資判断の分野では、RAGが市場分析と予測の精度向上に大きく貢献しており、リアルタイムの市場データ、企業情報、経済指標などを統合的に分析し、より正確な投資判断のサポート役となっています。

 

リスク管理においても、RAGは大いに役立ちます。取引データと外部情報を組み合わせた分析により、不正取引の検出率が向上し、誤検知率も削減可能です。また、与信審査では、顧客の取引履歴、市場動向、業界データを統合的に分析することで、より精緻なリスク評価が可能になっています。

 

顧客サービスの面では、パーソナライズされた金融アドバイスに役立っています。顧客の投資履歴、リスク選好度、市場環境などを考慮した上で、個々の顧客に最適な投資提案や商品レコメンデーションを行うことが可能です。


小売業界

小売業界におけるRAGの活用は、パーソナライズされた顧客体験の実現と業務効率化の両面で成果を上げています。

 

まず、RAGを活用した高度な自動応答システムです。このシステムは、商品情報や在庫状況、よくある質問への回答を即座に提供することで、顧客満足度の向上につなげています。

 

また、顧客の購買履歴、閲覧行動、市場トレンドなどのデータを統合的に分析し、個々の顧客に最適な商品を提案することが可能になりました。この結果、クロスセル、アップセル率がアップし、顧客単価も上昇します。

 

在庫管理と需要予測においても、RAGは重要な役割を果たしています。販売データ、季節要因、市場動向などを組み合わせた分析により、より正確な需要予測が可能になり、在庫の最適化が図れるようになりました。これにより、在庫保有コストの削減と、品切れによる機会損失の回避につながっています。


広告・マーケティング業界

広告・マーケティング業界におけるRAGの活用は、パーソナライズされたコンテンツ配信と効率的なキャンペーン管理において成果を上げています

 

特に注目すべきは、顧客データの高度な分析と活用です。RAGは顧客の行動履歴、興味関心、購買パターンなどを総合的に分析し、個々の消費者に最適化された広告コンテンツを自動生成することができます。

 

コンテンツマーケティングの分野では、RAGによる効率的な記事作成と最適化が実現しています。市場トレンド、競合分析、消費者インサイトなどのデータを統合的に分析し、より魅力的なコンテンツを迅速に生成することが可能になりました。

 

さらに、キャンペーン管理の効率化にもRAGが貢献しています。リアルタイムでの市場動向分析と消費者反応の把握により、キャンペーンの効果を最大化する施策をタイムリーに実施できるようになっています。


製造業界

特徴的なのが、技術継承の分野での活用です。熟練技術者の暗黙知や過去の不具合対策のデータをRAGシステムに統合することで、若手技術者への効果的な知識移転が可能になりました。このシステムの導入により、技術習得時間が大幅に短縮され、トラブル回避率も向上しています。

 

生産ライン管理においても、RAGは成果を上げています。センサーデータ、品質管理記録、保守履歴などを統合的に分析し、潜在的な問題を事前に検知することが可能になりました。

 

さらに、意思決定の最適化においても、RAGは重要な役割を果たしています。市場動向、サプライチェーンデータ、生産実績などをRAGに組み込むことで、より効率的な生産計画の立案や売り上げ変化の分析などを支援することができます。

 

また、マルチモーダルデータの活用も進んでいます。製造工程の画像データや音声データも含めた総合的な分析により、より高度な品質管理と異常検知が可能になっています。これにより、不良品率の低減と生産効率の向上を同時に実現できる可能性が高まるでしょう。


建設業界

社内の専門知識や技術標準類、地域の建設基準、過去のプロジェクトデータをRAGで統合することで、より低リスクでコスト効率の高い建築・建設プランを作成することが可能です。

 

また、技術情報の検索時間を大幅に短縮することができ、若手技術者の技能習得も大きく効率化できます。

 

自社の事故報告、業界の事故事例、最新の安全基準情報をRAGと統合することで、これらの情報をもとにAIがより安全性の高い対策を提案してくれます。これにより、これまで予測不能だった事象にも事前対策ができ、現場の安全性向上に大きく役立つでしょう。

 

さらに、建設現場の画像データや3Dスキャンデータも活用可能になっています。これにより、施工品質の管理や進捗状況の把握がより正確になり、プロジェクト全体の透明性が向上しています。


医療分野

医療分野におけるRAGの活用は、診断精度の向上や患者ケアの効率化において、重要な役割を果たしています。RAGは、最新の医学研究論文や臨床データ、診療ガイドラインを統合的に分析することで、医療従事者の意思決定を支援します。

 

また、患者の症状データをもとにした適切な治療法の提案が可能になり、オンライン診療をはじめとする遠隔医療のサポートにも活用されています。患者と医療従事者の物理的な距離を越えて、正確で信頼性の高い診断と治療が提供できる点で、医療の質の向上にもつながっています。

 

さらに、RAGを活用することで、臨床記録や検査データを統合的に分析し、医療従事者が必要な情報を迅速に取得できる環境が整備されます。これにより、情報検索にかかる時間が削減され、患者ケアにより多くの時間を充てられます。また、画像診断や遺伝子情報などを含むマルチモーダルなデータ分析が進化しており、個別化医療の実現に向けた取り組みも加速しています。


教育分野

RAGを活用することで、学生一人ひとりの学習履歴や理解度、学習スタイルをもとに、最適な教材と学習プランを提供することが可能になります。これにより、学習効率が向上し、学生が自分に合ったペースで効果的に学べる環境が整備されています。

 

また、RAGは教科書の要約、練習問題や試験問題の自動生成を通じて、教材作成の効率化にも役立ちます。これまで教師が多くの時間を費やしてきた教材準備作業を大幅に削減でき、その分、教師が個別指導や生徒へのサポートに時間を割けるようになります。このような効率化は、教育現場全体の負担軽減につながるでしょう。

 

さらに、テキストに加え、画像や音声、動画といった多様な形式の教材を統合的に活用することが可能となり、生徒の興味を引き出す多感覚的な学習体験を提供できるでしょう。このようなアプローチは、生徒の学習意欲を高めると同時に、知識の定着度を向上させる効果もあります。


RAG導入における注意点

RAGは、生成AIが外部情報を参照して回答を作成する仕組みであり、正確で最新の情報提供が可能になる一方、導入や運用には特有の課題が伴います。

 

以下は、RAG導入において注意しておきたい点です。

●   計算コストとパフォーマンス
●   データ管理とプライバシー
●   データの最新性と正確性
●   技術的な実装と運用

 

これらの注意点を理解し、適切に対処することで、RAGの利点を最大限に活かしつつ、運用リスクを最小限に抑えることができます。そのため、RAG導入に際しては事前に課題を洗い出し、解決策を講じることがポイントになります。


計算コストとパフォーマンス

RAGは大規模言語モデル(LLM)と情報検索システムを統合した高度な構造を持つため、膨大な計算リソースを必要とします。特に、大量データを処理する場合、計算コストが急増することから、効率的なアルゴリズム開発が求められます。これにはクエリの最適化や分散処理技術の導入が含まれ、処理速度とリソース効率の向上が重要となっています。

 

さらに、大量データを扱う際のリアルタイム性も課題です。応答速度が重要視される分野では、システムが迅速かつ正確に情報を提供することが求められます。これに対応するため、キャッシングやプリフェッチングなどの技術が活用され、システム遅延を最小限に抑える取り組みが進められています。

 

システムの安定性確保には、継続的なパフォーマンス評価とベンチマーキングが欠かせません。導入後もシステムの負荷状況を監視し、必要に応じてリソースを調整する仕組みを整えることが重要です。これにより、長期的に安定した運用が可能になります。

 

また、計算コスト削減と応答速度向上のために、エッジコンピューティングの活用が注目されています。データセンターとエッジデバイスを組み合わせた分散処理により、効率的なリソース利用が可能となり、RAGシステム全体のパフォーマンスが向上します。このように、RAGの導入には計算効率や応答速度、システム安定性を考慮した戦略的な設計と運用が求められます。


データ管理とプライバシー

大量のデータを扱うRAGでは、顧客情報や機密データの適切な管理と保護が求められ、これを怠るとデータ漏洩や規制違反のリスクが高まります。そのため、厳格なプライバシーポリシーと多層的なセキュリティ対策を講じることが不可欠です。

 

特に、データの暗号化やアクセス制御、監査ログの記録などのセキュリティ機能が求められ、これにより不正アクセスや情報漏洩のリスクを低減します。さらに、役割に応じたアクセス制限を導入することで、ユーザーが必要な情報にのみアクセスできる「Need to Know」原則を適用し、データの適切な利用を促進するとよいでしょう。

 

データガバナンスの観点では、データの収集と保持において「最小化」の原則が重要です。必要最小限のデータのみを収集し、不要なデータは速やかに削除または匿名化することで、プライバシーリスクを低減します。これにより、規制への適合と同時に、効率的なデータ管理が可能となります。

 

また、クラウド環境を利用するRAGでは、データの越境移転に関する法的要件への対応も欠かせません。地域ごとの規制に従い、データセンターの場所を適切に選択し、ローカライゼーション対策を講じる必要があります。このように、RAGシステムを安全かつ効率的に運用するためには、データ管理とプライバシー保護を中心とした包括的な戦略が求められます。


データの最新性と正確性

データベースには古い情報が含まれる可能性があるため、定期的な更新が必要です。これに対応するため、自動化されたデータ更新メカニズムの導入が求められています。この仕組みは、情報の鮮度を保つだけでなく、更新作業の効率化にもつながります。特に、リアルタイム性が重視される業界では、最新のデータを即時に反映することが欠かせません。

 

外部情報源から取得したデータの正確性を保証するためには、多層的なファクトチェック体制が必要です。AIによる自動検証と専門家による確認を組み合わせることで、データの精度を向上させることができます。これにより、重要な意思決定を伴う分野でも信頼性の高い情報提供が可能になります。

 

さらに、信頼できる情報源の選定は、RAGシステムの成功に直結するポイントです。業界固有のデータベースや公的機関の情報を優先的に活用することで、情報の質を高めることができます。


技術的な実装と運用

RAGの技術的な実装と運用には、高度な専門知識と計画的なアプローチが必要です。その成功には、システム設計から運用管理までの全体的な体制整備が欠かせません。

 

まず、RAGシステムの実装においては、検索コンポーネントと生成コンポーネントの効率的な統合が重要です。これにより、データの連携がスムーズになり、処理の遅延を最小限に抑えることが可能です。統合設計では、適切なアーキテクチャを採用し、キャッシングやデータ最適化技術を活用することで、検索と生成のプロセス全体を効率化することが求められます。

 

また、スケーラビリティを確保するためには、システムがデータ量やユーザー数の増加に柔軟に対応できる設計である必要があります。クラウドネイティブなアーキテクチャやマイクロサービスの採用により、リソースの自動調整や負荷分散が可能となり、パフォーマンスを維持しつつ運用コストを最適化できます。

 

運用面では、専門知識を持つエンジニアの確保がポイントになります。さらに、継続的なトレーニングプログラムを通じてチームのスキルを向上させることが重要です。


RAGを活用している企業事例

自社にRAGを導入する際には、すでにRAGを活用している企業事例を参考にしながら、活用方法や成果、そして具体的な課題とその解決策を学ぶことが重要です。

 

また、企業事例を知ることで、RAGの実用性や効果を具体的にイメージできます。例えば、どのような業界や業務で活用されているのか、どの程度の効率化や成果が得られるのかなどを把握することで、自社での導入可能性を判断する材料となります。

 

ここでは、以下の3つの事例を紹介します。

●   株式会社サルソニード
●   アサヒビール株式会社
●   コネヒト株式会社

 

また、企業事例は、業界ごとの特性や用途に応じたRAGのカスタマイズ方法を知る手助けにもなります。特に、自社の業界と似た環境での活用事例を知ることで、導入効果を最大化するためのヒントを得られるでしょう。


株式会社サルソニード

株式会社サルソニードは、Amazon BedrockとAmazon Kendraを活用し、法律関連のオウンドメディア記事作成を効率化しました。これにより、記事のリライト業務にかかる時間を70%削減し、マーケターが本来の業務に集中できる環境を実現しています。

 

同社は、AWSが提供するオープンソースソフトウェア「GenU」を活用し、セキュアな生成AI環境を短期間で構築しました。これにより、社内での生成AIツールの利用が促進され、シャドーITの防止や情報漏洩リスクの低減にもつながっています。

 

この取り組みは、生成AIと社内知見を組み合わせた業務効率化の好例であり、他の企業や組織にとっても参考になる事例です。

 

参考:Amazon Web Services「サルソニード様の AWS 生成 AI 事例「Amazon Bedrock と Amazon Kendra の RAG 環境で法律関連オウンドメディア記事作成を効率化」のご紹介」


アサヒビール株式会社

アサヒビール株式会社は、2023年7月27日に、生成AIを活用した社内情報検索システムの導入を発表しました。 このシステムは、株式会社丹青社が開発した「saguroot」を基盤としており、社内に蓄積された膨大な資料やデータを一括で検索できる機能を備えています。さらに、生成AIの活用により、検索結果を要約形式で表示することが可能となり、情報の迅速な把握が期待されます。

 

主に研究開発部門の社員を対象に、2023年9月上旬から試験運用を開始し、将来的にはアサヒグループ全体での技術情報の集約・整理を目指しています。これにより、商品開発力の強化やグループ間のイノベーション創出を促進することが狙いです。

 

この取り組みは、アサヒグループが掲げる中期経営方針の一環であり、DX(デジタルトランスフォーメーション)を通じて業務効率化や商品開発力の向上を図る戦略の一部となっています。今後、生成AIの活用範囲を拡大し、全社員の業務効率化を目指すとしています。

 

参考:アサヒビール株式会社「生成AIを用いた社内情報検索システムを導入」


コネヒト株式会社

コネヒト株式会社は、社内の情報アクセシビリティを向上させるため、RAGを活用した革新的な社内文書検索システムを構築しました。このシステムの特徴は、HuggingFaceの「multilingual-e5-small」モデルを採用し、コスト効率の高いソリューションを実現した点にあります。

 

システムの実装において特筆すべきは、高額な有料サービスを使用せずに高性能な検索機能を実現したアプローチです。一般的にRAGシステムでは、Azure Cognitive SearchやOpenAIの文章埋め込みモデルなどの有料サービスが使用されますが、同社は代替手段としてオープンソースのモデルを採用。これにより、初期投資を抑えながらも、高い性能を実現することに成功しています。

 

実際の運用では、Slack上でChatGPTと会話できる環境を整備し、社内文書の参照機能を統合しています。例えば、社員が経費精算の手順について質問した場合、システムは関連する社内文書を自動的に検索し、その情報を基に正確な回答を生成します。

 

参考:コネヒト株式会社「ChatGPTに社内文書に基づいた回答を生成させる仕組みを構築しました」


今後のビジネスにおけるRAGの展望

今後、RAGの技術進化によって、さまざまな業界に革新をもたらすと期待されています。

 

特に、マルチモーダル対応の進展は、テキストだけでなく、画像、音声、動画といった多様なデータ形式を統合的に処理できるようになり、新たなビジネスチャンスを生み出すでしょう。既に、製造業や医療、教育分野などでの応用が広がっています。

 

また、RAGとAI技術の融合が高度な意思決定の支援を可能にしています。機械学習アルゴリズムとRAGの連携により、複雑なデータから洞察を引き出し、自動化を推進するシステムの開発が進行中です。これにより、金融や医療、物流といったデータ依存度の高い分野での意思決定が迅速かつ正確に行えるようになり、競争力が向上していくでしょう。

 

そして、情報源やアルゴリズムの透明性を確保することは、RAG導入における重要な要素です。データの出所や推論プロセスを明確にすることで、ユーザーからの信頼を得られます。この透明性の確保は、規制の厳しい医療や金融分野で特に重要であり、倫理的および法的要件を満たすための基盤となります。

 

これらの進展により、RAGはデータ活用の新しい可能性を開き、業務効率化やビジネス成長の推進力として、今後ますますその重要性を増していくでしょう。