トレーサビリティとは?メリットや管理方法、企業の活用事例を紹介
近年、消費者の安全に対する意識の高まり、サプライチェーンの複雑化などに伴って、企業ではトレーサビリティ導入の動きが活発化しつつあります。
また、トレーサビリティには目的によって異なる種類があり、数多くのメリットがあるため、導入に向けてはトレーサビリティの基本を理解しておく必要もあるでしょう。
そこで本記事では、トレーサビリティの基礎、メリット、活用事例などについて解説します。
▶記事監修者:濱田 金男氏
高崎ものづくり技術研究所
大手電機メーカーで設計、製造、品質管理に長く携わり、中国工場立ち上げ、韓国での生産ライン効率化など海外支援実績も多数。
新しい時代を見据えたデジタル化による工場改革、付加価値向上と人材育成で、ものづくりの現場をサポートしている。
トレーサビリティとは?
トレーサビリティは、製品やサービスの生産から消費に至るまでの全工程を追跡できる仕組みです。英語の「Trace(追跡)」と「Ability(能力)」を組み合わせた言葉で、直訳すると「追跡可能性」を意味します。
近年、製品の安全性や品質に対する消費者の意識が高まる中、トレーサビリティの重要性は増しています。このシステムにより、原材料の調達から製造、流通、販売までの各段階における情報を正確に記録し、必要に応じて追跡することが可能です。
特に製造業では、部品の調達から完成品の出荷まで、各工程での履歴を詳細に管理することで、品質管理の強化とリスクの低減を実現しています。例えば、製品に不具合が発生した場合、トレーサビリティシステムを活用することで、問題の原因となった工程や部品を迅速に特定し、適切な対応を取ることができます。
また、サプライチェーン全体での情報共有を促進することで、関係企業間の連携が強化され、業務効率の向上にもつながります。さらに、製品の履歴情報を透明化することで、消費者からの信頼獲得にもつながります。
トレーサビリティが必要とされている背景
近年、トレーサビリティが必要とされる背景には、消費者意識の変化や法規制の強化、そしてグローバル化に伴うサプライチェーンの複雑化があります。
特に、消費者の製品安全性への関心は年々高まっており、製品の原産地や製造工程に関する情報開示を重視する消費者が増えてきました。このような消費者ニーズに応えるため、企業は製品の生産から流通までの過程を透明化し、詳細な情報提供を行うことが求められています。
また、製品事故や品質問題が発生した際の対応も重要な課題となっています。消費者庁の報告では、2022年度の重大製品事故の報告件数は1,000件を超え、その約3割が製品に起因するものでした。トレーサビリティシステムを導入することで、問題発生時の原因特定が容易になり、迅速な対応が可能となります。
さらに、国際的な規制強化も背景の一つです。EUのGDPRや日本の改正個人情報保護法など、データの取り扱いに関する規制が厳格化される中、トレーサビリティは法令遵守の重要なツールとなっています。
サプライチェーンのグローバル化も、トレーサビリティの必要性を高めています。複数の国や地域にまたがる生産・流通過程において、品質管理や在庫管理を適切に行うためには、統合的な情報管理システムが不可欠です。
ロット管理とは
ロット管理とは、同一条件下で製造・生産された一定数量の製品や原材料を「ロット(lot)」としてまとめ、それらを識別・追跡可能な番号(ロット番号)で一元的に管理する手法のことを指します。
例えば製造日時や設備ID、使用した原材料の履歴などを組み合わせてロット番号を付与することで、特定の製品や原材料が「いつ、どこで、どのような条件で」作られたものかを迅速に把握できるようになります。
これにより、不具合が発生した際の原因特定や製品回収の範囲設定を適切に行えるだけでなく、品質管理や在庫管理の精度向上に大きくつながります。
また、トレーサビリティシステムを導入する際には、ロット管理の機能が重要なカギを握ります。以下のポイントを考慮することで、よりスムーズかつ効果的な導入が可能になるでしょう。
また、これらの要素を取り入れることで、企業はロット管理を強化しながらトレーサビリティを高め、製品品質の向上やリスク低減、業務効率化など多面的なメリットの享受が期待できます。
トレーサビリティの歴史と発展
トレーサビリティの歴史は、日本の製造業における品質管理の取り組みにまで遡ります。1940年代から、製造業では製品の製造番号や追跡番号による管理が行われており、これが現代のトレーサビリティシステムの原点となっています。
特に転換点となったのは、2000年代初頭のBSE(牛海綿状脳症)問題です。2001年に国内で初めてBSE感染牛が確認されたことを契機に、食品の安全性に対する消費者の関心が急速に高まりました。これを受けて2003年には「牛の個体識別のための情報の管理及び伝達に関する特別措置法」が施行され、牛肉のトレーサビリティが法制化されました。
技術面での進化も目覚ましく、1970年代に導入されたバーコードシステムは、製品管理に革新をもたらしました。1990年代になるとRFID(電子タグ)が実用化され、非接触での情報読み取りが可能となり、物流管理の効率が飛躍的に向上しました。
2010年代に入ると、IoT技術の発展により、リアルタイムでの情報収集と分析が可能となりました。センサー技術の進歩により、温度や湿度などの環境データも含めた総合的な品質管理が実現しています。さらに、クラウドコンピューティングの普及により、大量のデータを効率的に処理・保存できるようになりました。
最新の展開として、ブロックチェーン技術の活用が注目されています。データの改ざんが困難な特性を活かし、より信頼性の高いトレーサビリティシステムの構築が進められています。
トレーサビリティの種類
トレーサビリティは、その適用範囲と目的によって主に以下のような種類に分類されます。それぞれの特徴を理解することで、企業は自社に最適なトレーサビリティシステムを選択することができます。
● チェーントレーサビリティ
● 内部トレーサビリティ
また、デジタル技術の発展により、新たなトレーサビリティの形態も登場しています。
ブロックチェーン技術を活用した「分散型トレーサビリティ」や、IoTセンサーとAIを組み合わせた「リアルタイムトレーサビリティ」などが、より高度な追跡と管理を可能にしています。
チェーントレーサビリティ
チェーントレーサビリティは、サプライチェーン全体を通じて製品の移動を追跡するシステムです。原材料の調達から製造、流通、小売に至るまでの全工程において、製品情報を一貫して管理することで、高い透明性と信頼性を実現できます。
また、チェーントレーサビリティを構築する上で重要となるのが「ロット管理」です。ロットとは、同一条件下で製造・生産された一定数量の製品や原材料のまとまりを指し、ロット番号(あるいはロットID)を付与することで一括管理を行います。
ロット番号は、製造日時や設備番号、原材料ロットを組み合わせて付与するケースが一般的で、以下のような付与方法が考えられます。
ロットを正しく付与し管理することで、チェーントレーサビリティの中で対象製品をすばやく追跡できるようになります。
チェーントレーサビリティの特徴は、複数の事業者間での情報共有にあります。例えば、製造業では部品サプライヤーから最終製品メーカーまで、食品業界では農家から小売店まで、各段階での情報を連携させることで、製品の完全な追跡が可能です。
しかし、チェーントレーサビリティの実現には様々な課題も存在します。最も大きな課題は、システム構築と運用にかかるコストです。特に中小企業にとって、高額な初期投資や運用コストは大きな負担となります。
また、多数のステークホルダー間での連携も重要な課題です。各企業で異なるシステムや規格を使用している場合、データの統合や共有が困難になることがあります。さらに、企業間で情報開示の範囲や方法についての合意形成も必要となります。
運用面では、全ての関係者がトレーサビリティの重要性を理解し、一貫した協力体制を維持することが求められます。しかし、各企業の優先事項や経営方針の違いにより、理想的な運用が難しい場合もあります。
内部トレーサビリティ
内部トレーサビリティは、企業や工場内における製品・材料の流れを追跡管理するシステムです。製造工程の各段階で詳細なデータを記録し、品質管理の強化と生産効率の向上を可能にします。
内部トレーサビリティにおけるロット管理では、「いつ」「どの設備で」「どの原材料を使って」製造されたかなど、より細分化された情報を管理します。具体的には、製造工程ごとにロット番号を付け、原材料ロットと製造ロットを紐付けることで、品質問題が発生した際の原因特定や不良対策を迅速化できます。
内部トレーサビリティ最大の特徴は、自社内で完結する点にあります。チェーントレーサビリティと比較すると、他社との調整や複雑なシステム連携が不要なため、比較的導入がスムーズです。
具体的な運用では、製造ロット番号や製造日時、使用原材料、作業者情報などを記録します。これにより、不良品が発生した際には、問題のあった工程や使用材料を迅速に特定できます。また、生産データの分析により、製造プロセスの改善点を見出し、効率化を図ることも可能です。
しかし、内部トレーサビリティの導入と運用には、いくつかの重要な課題があります。まず、専用システムやツールの導入には相応のコストと時間が必要です。特に中小企業にとって、この初期投資は大きな負担となる可能性があります。
中小企業が負担を減らしつつ内部トレーサビリティを導入するために、以下のようなアプローチも有効です。
● コストを抑えた導入方法(スモールスタート)
● 人材不足対応(外部人材等の活用)
● 既存システムとの連携
● 業務プロセス見直しとムダの削減
● 従業員教育
● 補助金の申請
これらの施策を組み合わせることで、コスト・人材・システム面の課題を緩和しながら内部トレーサビリティを導入でき、企業規模に合わせた最適な運用体制の構築を目指すことができます。
また、システムの効果的な運用には、専門的な知識と継続的な管理体制が不可欠です。担当者の育成や、定期的なシステムメンテナンス、データ更新などの業務が発生するため、人的リソースの確保も重要な課題となります。
さらに、部門間での情報共有が不十分な場合、トレーサビリティの効果が大きく低下する可能性があります。製造現場、品質管理部門、管理部門など、関係者全員が適切に情報を共有し、活用できる体制を整備する必要があります。
物流におけるトレーサビリティのメリット
物流におけるトレーサビリティの導入は、企業に多面的なメリットをもたらします。特に、デジタル技術の発展により、そのメリットは年々拡大しています。
● 品質管理の向上
● リスクの軽減
● 消費者の信頼性向上
● 業務効率化
● コストの削減
● 法規制の遵守
● 国際基準への適応
このように、トレーサビリティの導入は、品質管理、リスク管理、業務効率化、コスト削減など、多岐にわたるメリットをもたらします。
特に近年は、ブロックチェーン技術やAIの活用により、そのメリットがさらに拡大しています。
品質管理の向上
品質管理の向上は、トレーサビリティ導入による最も重要なメリットの一つです。製品の製造から配送まで、全工程を通じた詳細な追跡が可能となることで、品質管理の精度と効率が大きく向上します。
その中でも、ロット管理を活用したトレーサビリティの徹底は、品質面において特に大きな効果を発揮します。ロットとは同一条件下で製造された一定数の製品や原材料のまとまりを指し、これを基準に管理を行うことで以下のメリットが得られます。
さらに、供給チェーン全体での透明性確保により、品質保証プロセスが強化されます。例えば、部品サプライヤーから最終製品メーカーまでの品質情報を一元管理することで、問題発生時の原因を特定しやすくなります。
また、顧客からのフィードバックを製品の品質改善に活かすことも容易になります。製品の使用状況や不具合報告を、製造履歴と紐付けて分析することで、より効果的な品質改善策を講じることも可能です。これにより、顧客満足度の向上と製品競争力の強化につながります。
リスクの軽減
トレーサビリティの導入は、企業が直面する様々なリスクを効果的に軽減する手段としても注目されています。製品の製造から流通、販売に至るまでの全工程を追跡可能にすることで、潜在的なリスクの早期発見と迅速な対応を可能にします。
特に製造業において、トレーサビリティシステムの導入は不良品発生時のリスク管理に大きく役立ちます。製品に問題が発生した場合、該当する製造ロットや使用部品を即座に特定でき、影響範囲を最小限に抑えることが可能です。これにより、リコール対応のコストと時間を大幅に削減できます。
また、サプライチェーン全体での情報共有により、各工程でのリスク要因を事前に把握し、予防的な対策を講じることができます。例えば、特定の部品や原材料に起因する不具合が発見された場合、同じロットを使用している他の製品についても迅速に調査し、問題の拡大を防ぐことが可能です。
データセキュリティの観点からも、トレーサビリティは重要な役割を果たします。製品情報や取引記録を適切に管理することで、情報漏洩や不正アクセスのリスクを軽減し、企業の機密情報を保護することができます。
消費者の信頼性向上
トレーサビリティの導入は、消費者との信頼関係構築において重要な役割を果たしています。製品の生産から流通までの全過程を透明化することで、消費者は購入する製品の安全性と品質を客観的に確認できるようになりました。
トレーサビリティシステムを通じて、消費者は製品の原産地、製造方法、流通経路などの情報にアクセスできます。特に食品分野では、QRコードやスマートフォンアプリを活用することで、生産者情報から栽培方法、流通温度管理まで、詳細な情報を簡単に確認することが可能になっています。
このような情報開示は、企業のブランドイメージ向上にも大きく役立つでしょう。
さらに、トレーサビリティシステムは消費者とのコミュニケーション手段としても機能します。製品に関する問い合わせや意見を、具体的な製造ロットや流通経路と紐付けて管理できるため、より的確な対応が可能となります。これにより、消費者との長期的な信頼関係構築が促進されます。
また、問題発生時の迅速な情報提供も、消費者信頼の維持に重要な役割を果たします。トレーサビリティシステムにより、製品回収やリコールの必要が生じた場合でも、影響範囲を正確に特定し、該当する消費者に迅速に情報を伝達することが可能です。
このように、トレーサビリティは単なる製品管理システムではなく、消費者との信頼関係を構築・強化するための重要なツールとして機能しています。
業務効率化
トレーサビリティシステムの導入により、製造工程においてはリアルタイムでの進捗管理が可能となり、生産計画の最適化や工程間の連携強化が実現できます。各工程でのデータをデジタル化することで、従来の紙ベースの記録と比較して、情報の検索や分析にかかる時間を大幅に削減可能です。
在庫管理の面では、原材料から完成品まで、すべての在庫状況をリアルタイムで把握することができます。これにより、適正在庫の維持が容易になり、過剰在庫や在庫切れによる機会損失を防げます。また、在庫の入出庫履歴を正確に記録することで、棚卸作業の効率化も図れます。
物流プロセスにおいては、配送ルートの最適化や積載効率の向上が可能となります。GPSやIoTセンサーとの連携により、リアルタイムでの位置情報把握や配送状況の監視ができるため、より効率的な配送計画の立案が可能です。
さらに、自動化されたデータ収集と分析により、人為的ミスも削減できます。手作業による入力作業を最小限に抑えることで、データの正確性が向上し、それに伴う確認作業や修正作業も減らすことができます。
コストの削減
トレーサビリティシステムの導入は、様々な側面でコスト削減効果をもたらします。特に、デジタル技術との統合により、その効果は従来以上に高まっています。
まず、在庫管理の最適化による効果が挙げられます。リアルタイムでの在庫状況把握により、過剰在庫を防ぎ、保管コストを削減できます。また、在庫切れによる機会損失も最小限に抑えることが可能です。
物流面では、配送ルートの最適化により、燃料費や配送時間の削減が実現します。IoTセンサーやGPSとの連携により、リアルタイムでの位置情報把握が可能となり、効率的な配送計画を立案できます。これにより、配送コストを大幅に削減できます。
品質管理における効果も重要です。不良品の早期発見と迅速な対応により、リコールなどの事後対応コストを最小限に抑えることができます。また、製造工程の詳細な記録により、品質問題の原因特定が容易になり、対策コストの削減にもつながります。
自動化による人件費削減も見逃せません。データ収集や分析の自動化により、管理業務に必要な人員を削減できます。特に、RFIDやバーコードを活用した自動認識システムにより、入出荷作業や在庫確認作業の効率化が図れます。
さらに、長期的な視点では、システム導入による投資回収も期待できます。初期投資は必要となりますが、業務効率化や品質向上による継続的なコスト削減効果により、投資回収期間は比較的短期間で達成できます。
法規制の遵守
トレーサビリティシステムの導入は、国内外の法規制遵守において重要な役割を果たしています。特に近年、製品安全や品質管理に関する規制が厳格化する中、効果的なコンプライアンス体制の構築が不可欠となっています。
食品業界では、食品衛生法に基づく「HACCP」の義務化により、製造工程の記録と管理が必須となりました。
医薬品業界においては、「医薬品医療機器等法」に基づくGMP(製造管理及び品質管理の基準)への対応が求められます。トレーサビリティシステムにより、製造から流通までの詳細な記録を維持し、規制当局の査察にも適切に対応できます。
国際取引においては、各国の規制要件に柔軟に対応することが重要です。例えば、EUのGDPR(一般データ保護規則)や中国の個人情報保護法など、データ管理に関する規制も考慮する必要があります。トレーサビリティシステムは、これらの多様な規制要件に対応できる柔軟性を備えています。
さらに、監査対応の効率化も大きなメリットです。デジタル化された記録により、内部監査や外部監査への対応が容易になり、コンプライアンス体制の有効性を客観的に示すことができます。
国際基準への適応
グローバル化が進む現代のビジネス環境において、国際基準への適応は企業の競争力を左右する重要な要素となっています。トレーサビリティシステムは、この国際基準への適応を効果的に支援し、企業のグローバル展開を促進する重要なツールとなっています。
まず、国際的な品質管理基準であるISO 9001やISO 22000などの認証取得において、トレーサビリティシステムは不可欠な役割を果たします。これらの規格では、製品の製造から流通までの全工程を追跡可能にすることが求められており、適切なトレーサビリティシステムの導入により、認証取得のプロセスを大幅に効率化できます。
さらに、多国籍企業間での取引においても、トレーサビリティシステムは共通の基準として活用されています。例えば、自動車産業では、国際的な部品調達において、トレーサビリティシステムを通じた品質保証が標準となりました。これにより、取引先との信頼関係構築や、グローバルサプライチェーンの効率化が実現しています。
グローバル市場での製品信頼性と安全性のアピールにおいても、トレーサビリティシステムは重要な役割を果たします。消費者の安全意識が高まる中、製品の生産履歴や流通経路を透明化することで、ブランド価値の向上と市場シェアの拡大につながります。
トレーサビリティの管理方法
トレーサビリティの管理方法は、デジタル技術の発展とともに急速に進化しています。効果的なトレーサビリティ管理を実現するためには、適切な技術とシステムの選択が重要です。
以下は、代表的なトレーサビリティの管理方法です。
● 情報の一元管理
● バーコードとRFIDの活用
● IoTとクラウド技術の導入
● ブロックチェーン技術の活用
これらの技術を効果的に組み合わせることで、より精度の高いトレーサビリティ管理が実現可能となります。
ただし、導入に際しては、企業の規模や業態に応じた適切な技術の選択が重要です。また、従業員教育や運用体制の整備も、システムの効果を最大化するための重要な要素となります。
今後は、AI技術の発展により、さらに高度な分析や予測が可能となり、トレーサビリティ管理の自動化と効率化が進むと予想されています。
情報の一元管理
トレーサビリティにおける情報の一元管理は、製造から販売までの全工程におけるデータを統合的に管理し、製品の履歴を完全に把握するための基盤となります。
効果的な情報の一元管理を実現するためには、まず各工程でのデータ収集と統合が重要です。製造ラインでの生産データ、品質検査結果、在庫状況、物流情報など、様々な種類のデータを統合的に管理することで、製品の全履歴を追跡可能な状態にします。
データの正確性を確保するためには、最新のデジタル技術を活用したリアルタイムでの情報更新システムが不可欠です。IoTセンサーやRFIDなどのデバイスを活用することで、人為的なミスを減らし、より正確なデータ収集が可能となります。
部門間での情報共有も重要な要素です。製造部門、品質管理部門、物流部門など、異なる部門間でデータを共有することで、問題発生時の迅速な対応や、効率的な業務運営が可能となります。特に、品質問題が発生した際には、関連部門が即座に情報を共有し、適切な対応を取ることができます。
近年は、クラウドベースのプラットフォームを活用した情報管理が主流となっています。クラウドシステムを利用することで、データの安全性が向上し、かつ必要な時に必要な場所からアクセスすることが可能となります。また、災害時のデータバックアップとしても機能し、事業継続性の確保にも役立ちます。
バーコードとRFIDの活用
バーコードとRFIDは、トレーサビリティシステムにおける基幹技術として広く活用されています。これらの技術は、製品や部品の追跡を自動化し、データ収集の効率を大幅に向上させます。
バーコードシステムは、その導入のしやすさと費用対効果の高さから、多くの企業で採用されています。特に一次元バーコードから二次元コードへの進化により、より多くの情報を一つのコードに格納できるようになりました。
一方、RFID技術は非接触での大量データ読み取りを可能にし、物流効率を飛躍的に向上させます。特に、パレット単位での一括読み取りや、移動する製品の自動認識など、バーコードでは困難だった用途で威力を発揮します。
これらの技術を組み合わせることで、より効果的なトレーサビリティ管理が実現できます。例えば、製造工程ではRFIDタグで部品を管理し、出荷時には二次元コードで製品情報を管理するといった使い分けが可能です。また、クラウドシステムと連携することで、収集したデータをリアルタイムで分析し、在庫管理や品質管理に活用することができます。
最新のトレンドとしては、スマートフォンを活用したバーコード読み取りシステムの普及や、センサー機能を搭載したRFIDタグの開発など、技術の進化が続いています。これにより、より柔軟で高度なトレーサビリティ管理が可能となっています。
IoTとクラウド技術の導入
IoTとクラウド技術の導入は、トレーサビリティシステムの高度化と効率化を実現する重要なポイントです。これらの技術を組み合わせることで、リアルタイムでの製品管理と高度なデータ分析が可能となります。
IoTセンサーの活用により、製品の状態をリアルタイムで監視することが可能になります。温度、湿度、振動、位置情報など、様々な環境データを常時収集し、製品品質に影響を与える可能性のある変化を即座に検知できます。
クラウド技術は、これらのIoTセンサーから収集された大量のデータを効率的に管理し、分析するための基盤を提供します。クラウドストレージを活用することで、データの安全な保管と、必要な時に必要な場所からのアクセスが可能です。また、クラウドプラットフォームの拡張性により、データ量の増加にも柔軟に対応できます。
デバイス間のデータ同期も重要な機能です。製造現場、物流センター、品質管理部門など、異なる場所で使用される各種デバイスが自動的にデータを同期することで、常に最新の情報に基づいた意思決定が可能となります。これにより、部門間での情報共有がスムーズになり、問題発生時にも迅速な対応ができます。
さらに、AIテクノロジーを活用することで、収集したデータからより高度な分析と予測が可能となります。例えば、製品の品質データと環境データの相関分析により、品質劣化の予兆を検知したり、最適な保管条件を提案したりすることができます。また、予測メンテナンスにより、設備の故障を未然に防ぐことも可能です。
近年は、特に生成AIの活用が注目されており、下記のような領域での導入が期待されています。
今後は、IoTやクラウドによって蓄積されたデータを活かし、生成AIを含む多様なAI技術を統合することで、より高度なトレーサビリティと業務効率の向上が期待できるでしょう。
ブロックチェーン技術の活用
ブロックチェーン技術は、トレーサビリティシステムに革新的な進化をもたらしています。この技術の特徴である分散型台帳システムにより、データの改ざん防止と高い透明性を実現し、サプライチェーン全体の信頼性を大きく向上させています。
ブロックチェーンの最大の特徴は、データの完全性と透明性です。一度記録されたデータは後から変更することが極めて困難で、すべての取引履歴が時系列で保存されます。これにより、製品の生産から消費までの全工程を確実に追跡することが可能となり、不正取引や偽造品の流通を効果的に防止できます。
また、サプライチェーン全体で同一のデータベースを共有することで、関係者間での情報共有が円滑になります。従来のシステムでは、各企業が個別にデータを管理していたため、情報の整合性確保が課題でしたが、ブロックチェーンの導入により、この問題が解決されます。
スマートコントラクトの活用も重要な特徴です。これにより、取引条件が満たされた際に自動的に契約が実行され、業務プロセスの効率化が図れます。人的介入を最小限に抑えることで、ミスを減らし、処理速度を向上させることが可能です。
さらに、クラウドシステムと比較して、ブロックチェーンは高いセキュリティと透明性を提供します。中央サーバーに依存しない分散型のシステムであるため、システム全体の可用性も向上します。
一方で、導入や運用における課題も存在します。例えば、処理速度の遅さや拡張性(スケーラビリティ)の問題は、参加者が多いネットワークほど顕著になる傾向があります。
大量の取引データをリアルタイムで書き込む必要がある場合、従来のデータベースに比べると処理能力が劣るケースもあります。また、ブロックチェーンを導入するためにシステム開発やメンテナンスにかかるコストが高額になりやすい点も、企業が導入を検討する際の大きなハードルとなります。
さらに、異なるブロックチェーンプラットフォーム間での標準化が十分に進んでいないことや、技術者不足による実装・保守の難しさなども、導入時に検討すべき要素です。
このように、ブロックチェーン技術には大きなメリットがある一方、導入・運用に関する課題も複数存在します。自社のサプライチェーンやシステム要件に合った形で、ブロックチェーンのメリットとデメリットを慎重に見極めることが、成功につながるポイントと言えるでしょう。
トレーサビリティの活用事例
トレーサビリティシステムの導入事例は、業界や企業規模によって様々な特徴があります。それぞれの業界特性に応じた効果的な活用方法が確立されつつあります。
ここでは、以下の企業のトレーサビリティ活用事例を紹介します。
● 三菱ケミカル株式会社
● パナソニック株式会社
● 北海道チクレン農業協同組合連合会
● 東レ株式会社
● ヤマト運輸株式会社
● オリンパスメディカルシステムズ株式会社
各業界でデジタル技術を活用した革新的なトレーサビリティの取り組みが進められており、今後さらなる発展が期待されています。
トレーサビリティの活用事例を参考にすることで、より効率的で効果的な導入を実現するために必要不可欠であり、結果として競争力を高める大きな助けとなるでしょう。
また、以下のようなトレーサビリティシステムを導入する際の注意点を、実際の導入事例とあわせて検討することで、より具体的かつ実践的なアプローチが可能になります。
以上のポイントを押さえて自社に最適なトレーサビリティシステムを導入し、他社事例を参考に運用体制を整えることで、品質管理の向上やリスク軽減、コスト削減、さらに企業価値の向上も期待できます。
三菱ケミカル株式会社
三菱ケミカル株式会社は、2024年9月にケミカルリサイクルのサプライチェーンを想定したトレーサビリティシステムの実証試験を実施しました。この取り組みは、内閣府が主導する戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第3期の一環として行われました。
実証試験では、株式会社chaintopeが開発したブロックチェーン「Tapyrus(タピルス)」を活用し、廃プラスチックの種類や品質情報を改ざん不可能な形で管理・共有できるシステムを構築しました。特に注目すべき点は、ケミカルリサイクルとマスバランス方式を組み合わせたサプライチェーンにおいても、透明性と信頼性の高い情報管理を実現したことです。
システムでは、廃プラスチックの由来に応じて、ポストインダストリー(工場での端材など)、ポストコンシューマー(消費者使用後)、さらに自動車由来の材料など、詳細な分類情報を管理することが可能となりました。これにより、リサイクル材料の追跡性が向上し、品質保証の信頼性が高まっています。
参考:三菱ケミカル株式会社「透明性・信頼性の高いサプライチェーン構築に向けてケミカルリサイクルを対象としたトレーサビリティシステムの実証試験をchaintope社と共同で実施」
パナソニック株式会社
パナソニック株式会社アプライアンス社は、製品の安全性確保とトレーサビリティ強化のため、包括的な品質管理システムを構築しています。特に洗濯機やクリーナー製品において、設計から製造、販売後のサポートまでを一貫して管理する体制を確立しました。
同社の特徴的な取り組みは、「製品安全4本柱活動」と呼ばれる包括的な安全管理システムです。この中で、製品の設計段階からリスクアセスメントを実施し、製造工程での品質管理、市場での製品モニタリング、そして迅速な情報収集と対応を実現しています。
トレーサビリティの面では、製品の個体管理を徹底し、製造ロットや製造日時、使用部品の履歴を詳細に記録・管理しています。これにより、万が一の品質問題発生時には、影響範囲を迅速に特定し、適切な対応を取ることが可能となっています。
北海道チクレン農業協同組合連合会
北海道チクレン農業協同組合連合会は、牛肉の生産から流通までの全工程を追跡可能にする先進的なトレーサビリティシステムを構築しています。このシステムは、消費者に安全で信頼できる牛肉を提供するための重要な基盤となっています。
同連合会のトレーサビリティシステムの特徴は、「生産履歴情報」と「と畜・加工履歴情報」を統合的に管理している点です。生産段階では、個体識別番号を用いて牛の出生から肥育までの詳細な情報を記録し、と畜・加工段階では、処理日時や品質検査結果などを管理しています。
特に注目すべき点は、独自の個体識別システムです。各牛に割り当てられた10桁の個体識別番号により、生産者情報、飼育環境、給餌内容、投薬履歴などの詳細な情報を追跡することができます。これにより、消費者は購入する牛肉の生産履歴を確実に確認することが可能となっています。
また、情報開示の面でも先進的な取り組みを行っています。消費者はウェブサイトで個体識別番号を入力することで、その牛肉の生産から流通までの詳細な情報にアクセスできます。この透明性の高い情報提供により、消費者との信頼関係構築に成功しています。
東レ株式会社
東レ株式会社は、循環型社会の実現に向けて、ブロックチェーン技術を活用した革新的なトレーサビリティシステムの開発を進めています。2022年度からソラミツ株式会社と共同で実証実験を開始し、サプライチェーン全体の透明性向上を目指しています。
特に注目すべき点は、同社のリサイクルポリエステル繊維事業ブランド「&+」(アンドプラス)での取り組みです。回収されたペットボトルを原料とする再生繊維の生産過程を、ブロックチェーン技術を用いて追跡可能にしています。
このシステムの特徴は、消費者参加型の循環型モデルを実現している点です。回収された原材料が製品となって消費者に届くまでの過程を透明化し、消費者自身がリサイクル活動の成果を確認できる仕組みを構築しています。さらに、リサイクル工程で使用されるエネルギー量や環境負荷低減効果なども可視化し、持続可能性への貢献を具体的に示しています。
ヤマト運輸株式会社
ヤマト運輸株式会社は、Wismettacフーズ株式会社と共同で、農産品の輸出におけるトレーサビリティの革新的な取り組みを展開しています。内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の一環として、輸送関連情報をリアルタイムで可視化する先進的なプラットフォームを構築しました。
このトレーサビリティプラットフォームの特徴は、IoTデバイスと電子タグを活用した高度な追跡システムです。位置情報や温度推移をリアルタイムで監視し、複数のユーザーが同時に情報を確認できる仕組みを実現しています。特に、輸送計画の事前登録機能により、配送完了までの一連のオペレーションを一元管理することが可能となりました。
実証実験では、メロン、サツマイモ、イチゴ、リンゴなどの高品質な農産品を、米国、シンガポール、香港、タイ、台湾といった多様な海外市場へ輸出しました。陸・海・空を組み合わせたマルチモーダル輸送において、温度管理や衝撃検知などのリアルタイムモニタリングを実施し、農産品の品質維持に成功しています。
オリンパスメディカルシステムズ株式会社
オリンパスメディカルシステムズ株式会社は、医療用内視鏡の開発製造を担うオリンパスの子会社として、製品開発プロセスのトレーサビリティ強化に取り組んでいます。
同社は、医療機器の承認を得るために、製品開発に関わる情報を各国の薬事当局に提出する必要があります。このとき、ユーザーの要望をどのように製品に反映させたかを説明することが求められるため、開発の意図や経緯をエビデンスとして残し、追跡可能にすることが重要となります。
同社は2012年からプロセス改革を開始し、2016年には製品関連情報を一元管理するサイトを立ち上げました。さらに2018年には、これらの情報を紐付けて可視化する仕組みとして、電通総研のiQUAVISを導入しました。
iQUAVISは、製品の機能要件やレギュレーションをさまざまなドキュメントに紐付けて管理できるだけでなく、検討計画や開発計画にも展開し、プロジェクト内での検討過程の見える化や日程管理にも活用できます。これにより、複雑に絡み合う要件や技術のつながりを整理し、開発プロセスの効率化と品質向上を実現しています。
未来を見据えたトレーサビリティの展望
トレーサビリティシステムは、デジタル技術の進化とともに新たな段階へと進もうとしています。特に、ブロックチェーン技術、IoT、AI技術の統合により、より高度な追跡管理と予測分析が可能となるでしょう。
ブロックチェーン技術の導入は、業界を問わず急速に広がっています。この技術の標準化により、企業間でのデータ連携がよりスムーズになり、サプライチェーン全体の透明性がより向上します。
また、IoTセンサーやAI技術との組み合わせは、リアルタイムでのデータ収集と分析を可能にします。例えば、輸送中の温度変化や衝撃を常時監視し、品質劣化のリスクを事前に予測することができます。さらに、AIによる需要予測と組み合わせることで、最適な在庫管理と配送計画の立案も可能になります。
消費者との関係においても、トレーサビリティは重要な役割を果たします。スマートフォンアプリを通じて製品の生産履歴や流通経路を簡単に確認できるようになり、消費者の信頼獲得につながります。特に、環境負荷や倫理的調達への関心が高まる中、透明性の高い情報提供は企業の競争力強化に役立つでしょう。
さらに、近年は環境問題や社会問題への対応という観点からも、トレーサビリティがサステナビリティの実現に大きく貢献しています。
例えば、原材料の調達から製造・流通・廃棄までのライフサイクル全体を可視化し、温室効果ガスの排出量や資源使用量を正確に把握できるようになることで、環境負荷の低減策を効果的に講じることが可能です。
また、フェアトレード認証や人権問題への配慮など、グローバルなサプライチェーンにおける倫理的・社会的責任を果たすための取り組みにも活かせます。
こうしたデータの開示と改善活動の実施は、企業価値の向上に直結するとともに、ステークホルダーや投資家からの評価を高めることにもつながります。
このように、トレーサビリティシステムは、技術革新とともに進化を続けており、企業の競争力強化と持続可能なビジネスモデルの構築に重要な役割を果たしています。