先進企業の事例から学ぶ、産業ブロックチェーン導入の論点
― DPPと標準化、電力トレーサビリティ、オラクル問題|後編
先進企業の事例から学ぶ、産業ブロックチェーン導入の論点 ― DPPと標準化、電力トレーサビリティ、オラクル問題|後編
「ブロックチェーンケーススタディーズ」で行われたセミナーでは、トレードログ株式会社 代表取締役の藤田誠広氏が登壇し、産業ブロックチェーン導入の論点をテーマに講演しました。
本セミナーでは、ブロックチェーン技術の最新ユースケースを紹介し、参加者のビジネスに役立ててもらうことを目的に開催されています。実務者が直面しやすい論点として、DPPに代表される標準化への対応、電力トレーサビリティにおけるデータ粒度の問題、そして産業用途特有のオラクル問題が取り上げられました。
後編では、電力トレーサビリティにおけるデータ粒度の問題、そして産業用途特有のオラクル問題について語られています。
前編記事はこちら
登壇者
藤田 誠広(トレードログ(株)代表取締役)
1.物理と論理を使い分ける――電力トレーサビリティの現実解
電力やCO2の分野において、従来は、企業単位や施設単位、年次単位といった集計データで足りていた場面も多かったものの、現在は製品単位、設備単位、ユーザー単位、テナント単位、時間単位、プロジェクト単位など、より細かい粒度のデータや、説明可能で再現性のあるデータが求められる場面が増えています。
対象として、カーボンフットプリント、同時同量、カーボンクレジット、内部炭素価格、EVデータ流通などの各カテゴリーに関する議論を挙げました。年次や企業単位の“ざっくりした”データだけでは厳しくなりつつあります。
ここで、出光興産様の支援事例を紹介します。南種子町役場、種子島空港での取り組みとして、施設全体ではグリーンな電力とブラウンな電力の両方を使っている環境の中で、テナントやEV充電器ごとに分別課金する仕組みを説明しました。
現場では、すべての箇所にセンサーや分電盤を設置できるわけではありません。予算面でも物理面でも限界があるため、施設全体に入ってきたデータをもとに、グリーン分とブラウン分を分けて記録し、順序や条件も含めたロジックを組み、分別課金を可能にしたものです。この事例を通じて示したのは、電力データでは「要求粒度が上がると、必要なデータが常に取得できるとは限らない」という見方です。
ここでポイントなのが、細かいデータが求められるからといって、必ずしも全てを物理的に取得する必要があるわけではないということです。まず物理的・予算的にどこまで取得できるかを見極め、そのうえで必要に応じて推計やモデル化を組み合わせながら、説明可能で再現性のあるデータ整備を行うことが重要です。また、実測と推計の使い分けは、制度要件や業務要件に応じて設計する必要があります。そのきめ細かな取り組みが企業ごとの取り組みの成否を分けます。
2.オラクル問題への向き合い方
最後のテーマは、産業ブロックチェーン特有のオラクル問題です。ブロックチェーンの中に入ったデータは確かに改竄しにくいものの、「入ってくるデータが正しい前提でデータを扱わなくてはならないものの、そもそものそのデータが正しいかどうかは分からない」という課題があります。あたかも「御神託(オラクル)」かのような扱いなので、これを「オラクル問題」と呼びます。この入ってくるデータ(=オラクル)自体を問う姿勢が大事になります。
金融の分野では、複数のデータプロバイダーを用いて相互検証や平均化を行う「分散オラクル」という考え方があります。しかし、製造業、物流業、交通インフラなどの産業用途では、他社の設備や物流プロセスに対して同じデータを独立に取得するのは現実的ではありません。完成品メーカーがサプライヤーの現場に入り込み、同じセンサーで検証するような運用は難しいからです。
そのため、産業用途では単一オラクルが前提となるケースが多いです。そして、その単一オラクルの信頼性をどう説明し、どう担保していくかが、中長期的に競争力を左右する論点になります。
主な切り口として次の三つです。
● 参加者が悪意ある者ではなさそうか
● センサーの値が誤っていないか
● 出荷された対象物を一意識別できるか
悪意ある参加者ではなさそうかを支えるDID/VC
一つ目の論点として紹介したのが、DID/VCです。DIDは分散型識別子(「私は私です」)と呼ばれ、VC(「私は〇〇です」)を組み合わせることで、検証可能な証明書となります。
DIDとVCを組み合わせることで、何が便利になるかというと、例えば、私が〇〇学校を卒業したことを証明するには、小学校まで行って卒業証書を取ってきて、相手に渡して相手が信じるしかない世界だったのが、DIDとVCを組み合わせることで、スマホの中に○○学校を卒業しましたという証明がデジタルで入っていて、これが本物かどうか検証できるという世界になるというイメージです。
海外も含め、会ったことのないサプライヤーやアフターマーケット企業が多数存在するサプライチェーンにおいて、毎回紙で証明書を取り寄せるのではなく、必要な証明をデジタルで提示・検証できることが必要です。さらに、必要な相手に必要なデータだけを出すという考え方にもつながります。
センサーデータの信頼性は、型や時刻のずれも課題になる
二つ目の論点は、センサーデータそのものの信頼性です。センサーはメーカーごとに型がそろっていない場合があり、仮に型がそろっていても、タイムスタンプのずれが起こることがあります。過酷な環境に置かれることも多く、細かなずれが積み重なれば、元データだけでなく作業の信憑性にも影響しかねません。
こちらもブロックチェーンに入れる前にできるだけ正確なデータを担保するために様々な工夫があり、講演ではその一部をご紹介しました。多数のIoTを使うケースでは、こういった課題もあると頭の片隅にいれておいていただければと思います。
RFIDだけでは足りない、一意識別の難しさ
三つ目の論点は、モノの一意識別です。出荷後に個体差を識別できなければ、データも個別に管理できません。RFIDは有力な手段の一つですが、すべてに適用できるわけではありません。
たとえば、非常に小さい対象物や、低単価の製品にRFIDを付けるのは物理面または利益面から難しい場合があります。そのような場合、パレット単位、段ボール単位、梱包単位など、適した単位でRFIDタグを貼って管理する必要が出てきます。他方で、高単価製品では個品単位で管理したいニーズもあり、トレードログがRFIDで使えないケースでのタグレスの個品識別にも対応していることを紹介しました。
3.完璧を求めず、事業合理性で始める
まとめとして、サプライチェーンにおけるトレーサビリティの欠如による「対応しないリスク」が、欧州規制、安全保障、ディープフェイクといった複数の文脈から、顕在化し始めています。DPPだけではなく様々は標準化やデータ提出要請は多くの領域で進みつつあり、対応の遅れが取引や参入の制約につながる可能性がある以上、早めに着手する必要があります。
そのうえで、特に強調したのが、「完璧を求めるのではなく、事業合理性を基準に実装を開始すべきフェーズに入っている」という点です。
全体を通じて示された実務上のポイントは、次のように整理できます。
● まず、求められているデータと、現時点で取得できるデータのギャップを把握する
● データ基盤やSaaS導入を急ぐ前に、最低限の出力・提出体制を整える
● 電力やCO2では、実測・推計を適切に組み合わせて設計する単一オラクル前提のもとで、参加者、センサー、識別の信頼性を高める
「今設計を始めるか、あとから対応に追われるかの分水嶺にいる」として、早めの動き出しを呼びかけました。
標準化が進めば自動的に解決するわけでもなく、SaaSを選べば終わるわけでもない。今回は、トレーサビリティ導入をめぐる論点が、データ設計、現場取得、部門調整、説明責任まで広がることを改めて示す内容でした。実務担当者の皆様にとっては、まさに社内調整の場で問われる論点を、具体的な事例とともに持ち帰っていただけるセッションとなったのではないかと考えています。
