先進企業の事例から学ぶ、産業ブロックチェーン導入の論点
― DPPと標準化、電力トレーサビリティ、オラクル問題|前編

先進企業の事例から学ぶ、産業ブロックチェーン導入の論点 ― DPPと標準化、電力トレーサビリティ、オラクル問題|前編


2026年4月15日「ブロックチェーンケーススタディーズ」で行われたセミナーでは、トレードログ株式会社 代表取締役の藤田誠広氏が登壇し、産業ブロックチェーン導入の論点をテーマに講演しました。

本セミナーでは、ブロックチェーン技術の最新ユースケースを紹介し、参加者のビジネスに役立ててもらうことを目的に開催されています。実務者が直面しやすい論点として、DPPに代表される標準化への対応、電力トレーサビリティにおけるデータ粒度の問題、そして産業用途特有のオラクル問題が取り上げられました。

登壇者
藤田 誠広(トレードログ(株)代表取締役)



1.ブロックチェーンが再び注目される理由


まず、産業分野におけるブロックチェーン活用が、長く「期待先行」だった経緯を振り返りました。かつてはサプライチェーンや取引の自動化に大きな市場規模が見込まれていた一方、実際には十分に進展しなかった現実があります。

その背景として挙げられたのが、次のような点です。

●        実現したい価値に対して、合意形成や運用負荷を含めた経済合理性が成立しにくかったこと

●        企業横断や高次な取り組みの要求水準を満たす業務設計・データ収集体制がないケースが多いこと、制度や標準が整っていないのでそれを整える動機づけがそもそもないこと     

●        入力データ自体の品質はブロックチェーンでは保証できないこと(いわゆるオラクル問題)

●        複数企業間での責任・権利・運用ルールの設計が難しく、PoC止まりになりやすいこと     

 

活用が進まなかった理由は、大きく二つに整理できます。ひとつは、企業間や部署間での調整の煩雑さ。もうひとつは、制度で求められるデータと、現場で取得可能なデータとの大きなギャップです。

 

     一方で、近年はサプライチェーン規制や経済安全保障が企業にとって大きな外部圧力となっているほか、AIを活用した偽造技術も高度化しており、トレーサビリティや真正性の担保への対応が必須になりつつあります。

 

その対応によって得られるメリットとしては、次の観点が挙げられています。

●        取引条件で優位に立てる可能性

●        価格プレミアム

●        監査コストの削減

●        ブランド強化

ただし、どのメリットが大きいかは産業によって異なるため、自社にとって何を得たいのかを先に確認することが重要です。


2.プロダクトの身元を証明するDPP


    講演の前半で中心的に扱ったのが、DPP(デジタルプロダクトパスポート)です。欧州の成長戦略であるグリーンディール、その中で打ち出されたESPR(持続可能な製品のためのエコデザイン規則)を背景に、DPPが位置づけられています。

 

DPPとは、「プロダクトの身元をデジタル上で証明するもの」です。パスポートのように、製品についても履歴を見て市場への参入可否が判断されます。ESPRの委任法等によりリサイクル材含有率やカーボンフットプリントなどの情報要件が定められ、DPPはその情報開示・情報流通の仕組みです。

 

現時点では、電子的なアクセス方法としてQRやRFIDが整備されてきているほか、取得すべき情報は大きく次の三つに分けられると説明されました。

●        環境負荷や資源効率に関する情報

●        性能に関する情報

●        EOL(End of Life)に関する情報

その中には、調達先の協力が不可欠なリサイクル材含有率や、修理可能性スコアのような、取得や整理に手間のかかるデータも含まれます。対象分野としては、バッテリー分野がESPRとは別枠のEU電池規則で先行実施。ESPR上では、作業計画にて、繊維、家具、タイヤ、マットレス、鉄鋼、アルミなどが優先品目として列挙されています。


3.データスペース時代の現実


DPPの実装をめぐっては、議論は次第にデータスペースへと比重を移してきました。データスペースの重要な設計思想の一つに、ビッグテックや特定国家へのデータ集中を避け、企業が自らデータをコントロールする「データ主権」の考え方があります。DPPは、そのようなデータスペースの有力な適用先の一つとして位置付けられています。DPPの実現手段としてはさまざまなアプローチが検討されていますが、近年はデータスペースへの注目も高まっています。データスペースの重要な設計思想の一つに、ビッグテックや特定国家へのデータ集中を避け、企業が自らデータをコントロールする「データ主権」の考え方があります。DPPは、そのようなデータスペースの有力な適用先の一つとして位置付けられています。 

 

データスペースは、各社がデータを分散的に持ち寄り、共通ルールのもとで共有しやすくする考え方です。コネクターやAPIを通じて社内システムや他のデータスペースとつながり、データの型、認証、セキュリティなどを共通化していくという狙いがあります。

 

しかし実務上の難しさは、「一つに対応すれば全部つながる」状態がまだ現実化していないことです。相互運用はコンセプトとしては存在するものの、現状ではその段階にとどまるケースもあるので注意が必要です。

 

実際にデータスペースでどれくらい便利になるかというと、例えば、欧州の大手自動車会社が欧州のCatena-X対応によって、エラー検出が従来手法より平均 4か月早くなった、新規サプライヤーとのデータ交換開始までが、従来の数か月から5週間に短縮された、といった効果を得たと発表された例も紹介しました。こうした効果を背景に、大手ではサプライヤーへ対応を求める動きが出ています。

 

他方で、サプライヤー側から見ると、対応先は一つではありません。例えば、日本のウラノス、中国のTrusted Data Space、そしてMOBIなど、複数のデータスペースが存在しており、どれか一つに対応していれば十分とは言い切れないのが現状です。


4.サプライヤーが先にやるべきこと


ここで強く訴えたのが、「OEMからの指示待ちでは遅い」という点です。部品メーカーとの対話では「OEMからの指示を待っている」という声も多い一方、2027年2月を見据えると、要件定義、データ設計、テスト、リリースまでの時間はすでにかなりタイトです。

 

理想を言えば、大企業は自社データ基盤を用意し、取引先ごとの異なる要求に合わせてデータ加工や出力を担う形が望ましいかもしれません。しかし、Tier2、Tier3まで含めると、その余力は限られます。

 

そこで現実的な打ち手として示したのが、「まず最低限出せる状態を作る」ことです。いきなりデータ基盤やSaaSを整えるのではなく、たとえばCSVやフォームで提出できるようにするなど、最低限の提出体制を整えるべきだと語りました。

 

その前提となるのがデータの棚卸しです。ここで注意すべきは、標準化やデータスペース、あるいはブロックチェーンといった「仕組み」が整っても、データの粒度や正確性が自動的に担保されるわけではないという点です。これらの技術が担うのは、あくまでデータの流通や改竄耐性、相互運用性といった「配送路の信頼性」です。一方で、テーマごとに求められる「精緻なデータを正確に用意すること」は、仕組みの導入とは切り離して考えるべき別の課題です。まずは手元にどのようなデータがあるかを整理し、品質を管理する体制を整えることが不可欠です。

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