データサイエンティストは何ができる?企業での役割や育成方法などを解説

近年、企業におけるデータの重要性はますます高まっており、企業ではデータ収集だけでなくデータ分析も日常的になってきています。

 

しかし、新しいビジネスチャンスを発見したり、デジタルトランスフォーメーションを推進したりするには、データそのものだけでなく、データをもとにした創造力や洞察力が求められています。

 

そこで本記事では、データサイエンティストの概要や役割、データサイエンティストの育成方法、データサイエンスの企業事例などを紹介します。


▶記事監修者:髙橋 和馬氏
IKIGAI lab.オーナー/富士フイルムビジネスイノベーション株式会社

生成AI社内推進者や実践者が集まるコミュニティ「IKIGAI lab.」のオーナー。NewsPicksトピックスをはじめ、インプレスThinkIT、こどもとITで生成AI記事を連載。その知見をもとにイベント開催や企業での講演実績も多数。社内では海外工場で新商品立ち上げや人材育成に加え、生成AIを活用した営業プロセスや製造業の業務改革に着手。



データサイエンティストとは?

データサイエンティストとは、大規模なデータを解析しながらビジネスにおける課題解決や価値創造に貢献する専門家です。具体的には統計学の知識を活かしてデータの特徴を洗い出し、プログラミングを通じて必要な情報を抽出し、機械学習などを用いて予測モデルを構築する役割を担います。

 

企業がデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進する際には、組織横断的な分析環境の整備や新たなサービス創出が欠かせませんが、その中心に位置するのがデータサイエンティストと言えます。

 

近年はクラウド環境や自動化ツールの進歩により、分析に必要な技術的ハードルは下がりつつあります。しかし「どのような切り口でデータを活かすか」「ビジネスに結びつける意義をどう示すか」といった本質的なスキルは、依然として専門家の判断が重要です。

 

特に、統計やプログラミングだけでなく、経営課題を深く理解してデータ分析と組み合わせる能力が求められます。さらに、人間の直感では見落としがちな要素を機械学習で補うだけでなく、データを通じて新たな市場機会を見つけ出し、実際の施策に反映させることが期待されます。  


データアナリストとの違い

データアナリストは、主に「何が起きたか」を既存データから可視化し、現状把握や課題抽出に注力する点が特徴です。具体的にはレポートやダッシュボードを作成して経営層や現場担当者へ提供し、売上の推移や顧客の動向などを分かりやすく提示する業務が中心です。

 

一方で、データサイエンティストは「なぜ起きたか」と「これからどうなるか」を考察し、さらにそれを踏まえて戦略的な提案を行うという点で大きく異なります。

 

データサイエンティストは、既存データの分析だけにとどまらず、課題発見から仮説立案、機械学習モデルの構築、そして実際の施策への落とし込みまで多岐にわたる業務を担います。

 

そのため短期的な問題解決や意思決定支援に加え、中長期的な新サービスの創造や事業モデル変革にも直結する役割を担いやすいです。さらに、分析結果をもとに経営戦略を策定する際には、データの裏付けを示しながら新たなビジネスチャンスを提案することも求められます。  


データエンジニアとの違い

データエンジニアは、データを扱う基盤やパイプラインの構築・運用を担う専門家です。具体的には、データの収集やストレージ設計、ETL(Extract、Transform、Load)処理などを通じて、分析しやすいフォーマットに整形する業務が中心になります。

 

高品質な分析結果を得るには、データの前処理やクレンジングが不可欠ですが、これらのプロセスを円滑に行えるシステムを整えるのがデータエンジニアの役割です。

 

一方で、データサイエンティストは、その基盤が整備されたデータを用いて予測モデルの構築や意思決定支援を行います。アルゴリズム選定やハイパーパラメータ調整などを行い、実際の事業に役立つ形での分析を進める点が大きな特徴です。

 

また、データサイエンティストは社内の課題に対して分析結果を踏まえた提案や施策の検証を行い、最終的にビジネスの成果にまでつなげる立場でもあります。

 

加えて、データエンジニアは可用性や拡張性、安全性といったシステム面の品質確保にも大きく貢献します。そのため、データエンジニアがいないと、いかに優秀なデータサイエンティストがいても分析環境が整備できず、十分な成果を上げにくいでしょう。

 

両者は役割こそ異なりますが、連携することで初めて組織としてのデータ利活用が最大化されます。


データサイエンスのメリット

企業がデータを活用することで得られるメリットは多岐にわたります。売上拡大やコスト削減といった直接的な利点に加え、新たな市場機会の発見や社内文化の改革など、長期的に見ても価値の大きい変化が期待できます。

 

データサイエンスの主なメリットとしては、以下が挙げられます。

●   意思決定の精度とスピードが向上
●   業務効率化とコスト削減
●   収益性の向上
●   新たなビジネスモデルの創出
●   セキュリティ強化

 

データサイエンスがもたらす恩恵は、単純に数字だけを追うものではなく、組織全体の競争力を高める要素としても位置づけられています。

 

また、最近では自然災害に備えた危機管理システムなど、多角的にデータを活用する事例が増えてきました。データを戦略的に活用することで、社会課題の解決にも役立つケースが今後さらに広がると考えられています。


意思決定の精度とスピードが向上

データに裏打ちされた意思決定は、勘や経験だけに頼る場合と比較して、確実性と効率性が格段に上がります。

 

過去の傾向や最新のトレンドを組み合わせることで、売上予測や需要変動を精緻に見積もれるようになり、在庫管理や生産計画の精度が高まります。これにより、過剰在庫や品切れのリスクが大幅に減るだけでなく、顧客満足度の向上にもつながります。

 

さらに、情報がリアルタイムまたはそれに近い形で可視化されることで、経営判断のスピードも加速します。たとえば、需要が急増した場合に生産ラインを増強するタイミングを素早く見極められたり、データ上で異常な値動きや不正アクセスを即座に検知するなど、リスクヘッジの面でも効果を発揮します。

 

異常検知や故障予測を通じてトラブルを早期発見できることも、損失の抑制に役立ちます。日常的に大量のデータを監視し、機械学習モデルで解析すれば、正常なパターンとの微妙な差を捉えることが可能です。こうした予兆を素早くキャッチして対策を打てる企業体質は、将来的な成長にも直結すると言えるでしょう。


業務効率化とコスト削減

データサイエンスを活用すると、業務プロセスの無駄を客観的にあぶり出すことができ、組織全体のパフォーマンス改善に直結します。

 

たとえば、顧客問い合わせのパターンを分析することで、問い合わせ件数が多い内容をFAQシステムやチャットボットで自動化し、サポート担当者がより高度な業務に専念できるようになります。結果として人件費や時間の削減につながり、顧客の待ち時間短縮というメリットも生まれます。

 

また、データを用いてリソース配分を最適化することで、使用頻度が低いツールや業務で生じるコストを減らすことができます。実際に、各システムのアクセスログや稼働率を可視化することで、余剰人員の配置転換や未使用機能の削除など、コスト構造自体を見直すきっかけを得る企業が増えています。

 

さらに、AIや機械学習モデルを活用して自動化を進めると、経理や在庫管理など定型的作業の大部分をソフトウェアに任せられるようになります。その結果、従業員は分析や企画など付加価値の高い業務に集中できるようになり、組織全体の生産性を高める循環が生まれるでしょう。


収益性の向上

顧客データや購買履歴を分析することで、ターゲットセグメントごとに刺さる施策を立案でき、結果的に新規顧客の獲得やリピート率の向上が期待できます。

 

たとえば、小売業では、蓄積された購買データから特定の顧客層が好む商品の傾向を割り出し、それをもとにパーソナライズドなクーポンを配信する仕組みを整えている企業もあります。これにより単価アップと継続購買を促進し、収益性の向上が図れます。

 

また、ユーザーからのフィードバックやクレーム内容をテキストマイニングして製品改良のヒントを得るなど、イノベーション促進につながることもあります。収集した情報を一元管理し、リアルタイムで分析できる基盤を構築すると、市場から得た洞察をいち早く製品やサービスに反映しやすくなるでしょう。

 

顧客満足度を高めることは、口コミ効果やブランドロイヤルティ強化にもプラスに働きます。満足度の向上が売上アップに直結することは多くの企業で実証されており、データを駆使したPDCAサイクルを回せる組織ほど、競合他社に対して優位に立ちやすいです。


新たなビジネスモデルの創出

データ活用の大きな魅力として、新規ビジネスモデルの開発やサービスの差別化が挙げられます。従来の事業領域において収集していたデータを詳細に分析することで、新たな利用価値を見いだせるケースは少なくありません。

 

また、顧客が抱える潜在的な課題をビッグデータから読み取ってソリューションとして商品化することで、これまでなかったビジネスチャンスを掴むことも可能です。蓄積したデータを外部企業にAPI形式で提供してライセンス収益を得るなど、データ自身を収益源とする動きも広がっています。

 

さらに、リスク予測や市場分析を高度化することで、既存の枠組みにとらわれない新たなアプローチを打ち出せる点も大きな魅力です。データを組み合わせることで、これまで分からなかった顧客ニーズの断面が見え、アライアンスや共同開発など新たなビジネス連携の糸口をつかむ企業も増えてきています。


セキュリティ強化

セキュリティ対策でもデータサイエンスの活用は進んでいます。大量のアクセスログや通信データを分析し、不正アクセスの傾向や怪しい操作を発見する仕組みを取り入れることで、セキュリティレベルを高められるでしょう。

 

たとえば、異常値検知のアルゴリズムを導入することで、普段と異なるログイン地点やアクセスパターンを早期に把握し、トラブルを未然に防ぐことができます。

 

また、適切なデータガバナンス体制の構築は、情報漏洩やコンプライアンス違反のリスク低減に不可欠です。データサイエンティストは、情報をどのように管理・利用すれば企業の成長を損なわずに済むか検討し、法令遵守の観点からもアドバイスを行います。

 

最近ではデータ倫理への配慮も重視され、AIモデルの判断根拠を透明化する取り組みや差別的なアルゴリズムの排除など、より高度なセキュリティ・ガバナンスが求められています。

 

さらに、自然災害やシステム障害時の被害を最小化する取り組みにも、データ分析は力を発揮します。過去の災害データや障害発生状況を基にリスクマップを作成し、対策を練ることで復旧活動の計画を策定しやすくなるからです。


企業でのデータサイエンティストの役割

企業内でデータサイエンティストが担う役割は年々拡大しています。ビジネス課題を解決するだけでなく、新たな価値創出のために戦略を考案し、データ基盤の整備にも携わるケースが増えているからです。

 

データサイエンティストの代表的な役割として、以下が挙げられます。

●   ビジネス課題の解決と戦略立案
●   データ分析基盤の構築と運用
●   AI・機械学習モデルの活用
●   データ倫理とプライバシー保護への対応
●   社内教育とデータ文化の醸成
●   経営層とのコミュニケーション

 

データサイエンティストは単なる技術者というイメージを超え、経営戦略や組織改革にも影響を与える存在として認識されるようになっています。

 

データサイエンティストが要となり、ビジネスモデルの継続的なアップデートや新領域への進出を成功させることが、企業の競争力を左右する時代になっていると言えるでしょう。


ビジネス課題の解決と戦略立案

ビジネス課題を洗い出し、解決への道筋をデータから導くのがデータサイエンティストの基本的な役割です。

 

まずは、現場が抱える問題点をヒアリングし、関連データを収集・整理するところから始まります。その後、統計手法や機械学習モデルを活用して分析し、得られた知見を基に経営層や現場担当者へ具体的なアクションプランを提案します。

 

提案内容は、単なるレポートにとどまらず、組織構造の変革や新しいサービスの立ち上げにつながるケースもあります。

 

たとえば、小売業であれば、店舗の品揃えを需要予測に基づいて最適化し、在庫ロスを削減しながら売上増を狙う施策を打ち出すといった例が挙げられます。製造業なら、生産ラインの稼働データを解析して、ダウンタイムを最小化する戦略などが考えられるでしょう。

 

さらに、課題の本質を見抜くことが重要です。経営者や現場はしばしば表層的な問題を指摘しますが、データサイエンティストは具体的な数値やパターンに基づいて「真の原因」を突き止める役割を担います。ビジネスで競合優位を築くには、こうした深掘りが欠かせないため、データサイエンティストの分析視点が組織の未来を大きく左右します。


データ分析基盤の構築と運用

データ分析を円滑に進めるには、まず基盤づくりが不可欠です。データサイエンティストは、運用する上で必要なデータの種類や取得方法、保存場所といった設計に関わります。

 

クラウドサービスを利用する場合は、セキュリティやコスト、拡張性を考慮した最適なプラットフォームを選択しなければなりません。

 

分析基盤が整った段階でも、データのクレンジングや重複排除、フォーマット調整などのメンテナンスは継続的に行う必要があります。また、システムトラブル時の対策やバージョンアップなども見据え、スケーラブルな設計をすることが大切です。

 

加えて、データサイエンティスト自身が分析の手間を大幅に削減できるように、自動処理やスケジューリング機能を搭載するケースも多いです。機械学習モデルを定期的に再学習させるパイプラインを構築し、新しいデータに合わせて精度を向上させ続ける仕組みをつくることで、安定して成果を生み出す分析環境が成立します。


AI・機械学習モデルの活用

AIや機械学習モデルは、データサイエンスの中心的な要素です。

 

たとえば、需要予測モデルを活用して仕入れのタイミングを最適化すれば、過剰在庫を防ぐだけでなく機会損失のリスクも抑えられます。さらに、顧客分析ではクラスタリング手法を用いて購買行動パターンの違いを見極め、セグメントごとに効果的なマーケティング施策を展開することが可能です。

 

AIモデルを実際の業務に組み込む際は、データの偏りや運用上の制約にも留意する必要があります。最適なアルゴリズムを選ぶだけでなく、解析結果をビジネス現場でどう活かすかを明確にし、ステークホルダーとの合意形成を図る段取りが重要です。

 

特に、小売業や金融業のように顧客データが機密性を帯びる領域では、プライバシー保護や情報漏洩対策にも力を注がなければなりません。

 

また、機械学習モデルを一度作り上げて終わりにしないことが大切です。特定の環境や市場にフィットしたモデルであれば、環境や市場が変化した際に、モデルの精度が低下します。そのため、常に精度検証とリファインを繰り返す継続的な改善プロセスが必要です。

 

その際には、データサイエンティストが主体的に運用状況をモニタリングし、改善プランを提案・実行できる体制づくりが企業の成長を支えます。


データ倫理とプライバシー保護への対応

データ活用が進む中で、プライバシーや倫理面への配慮はますます重要になっています。個人情報保護法やGDPRといった規制への適合はもちろんのこと、AIのバイアス問題を回避するためにも、データサイエンティストは慎重にデータセットを取り扱う必要があります。

 

たとえば、特定の属性に偏ったデータを使えば、不公平な判定が生じる可能性が高まります。

 

このため、企業としてはデータ利用のポリシーを明確にし、リスクが高い分析には倫理審査や専門家の意見を取り入れることが望まれます。社内規定や教育プログラムを通じて、データを扱う担当者のみならず全社員が法令や社内ルールを理解できるようにする仕組みも必要となるでしょう。

 

また、顧客や取引先が安心してデータを提供できる関係性を築く上でも、透明性を確保する取り組みは欠かせません。

 

さらに、データの収集や解析結果の説明責任を果たすために、AIモデルの判定根拠を可視化できる体制づくりも求められます。いわゆる「Explainable AI(説明可能なAI)」の考え方を導入することで、ビジネスの意思決定における納得感と責任分担を明確にし、企業全体のガバナンスを強化することが可能です。


社内教育とデータ文化の醸成

データサイエンティスト一人の力だけでは企業全体を変革するのは難しく、組織としてデータに基づいた文化を醸成することが大切です。

 

そのためには、データリテラシーを高める研修やワークショップを実施し、部門間連携を活性化させる仕掛け作りが不可欠です。専門外の社員でも基礎的な分析手法を理解し、自分の業務でどのように活かせるかをイメージできるようになると、データ活用のハードルが下がります。

 

また、分析ツールやダッシュボードを誰もが気軽に使える状況を整えることで、現場の意思決定がスピードアップします。たとえば、ノーコードやローコードのプラットフォームを導入し、エンジニアリングスキルがない社員でも簡単にデータを可視化・共有できる環境を構築すれば、意思決定プロセスが格段に効率化されます。

 

データ文化が定着すれば、組織内でのコミュニケーションが「根拠に基づく話し合い」に変わり、建設的な議論やイノベーションが生まれやすくなります。データサイエンティストは、このような文化醸成のキーマンとして、研修企画や部門横断プロジェクトの主導など、多面的に支援していくことが期待されます。


経営層とのコミュニケーション

データサイエンティストが成果を最大化するためには、経営層との連携が重要です。

 

具体的には、難解な分析結果を経営視点で咀嚼し、わかりやすく可視化して提示する力が求められます。データをただ並べるだけではなく、課題の背景や事業に及ぼす影響を解説し、どうすれば利益拡大やコスト削減につながるかを明確に伝えることが大切です。

 

また、経営層が抱える問題を事前に把握し、分析で解決可能なテーマを見極めて提案する姿勢も必要となります。資源配分の優先度や組織構造の見直しといった大きな意思決定において、定量的エビデンスを示せるか否かで、導き出される結論に差が出るからです。

 

さらに、データ活用の効果をROIなどの指標で示すことで、経営層の理解と協力を得やすくなります。

 

データサイエンティストは、経営層だけでなく現場や他部門とも橋渡し役を果たします。経営層のビジョンと現場の実情をすり合わせながら分析を進め、企業全体が同じ方向に向かってデータドリブンな変革を推進できるようにサポートすることが、組織を牽引するデータサイエンティストの理想像と言えるでしょう。


データサイエンス人材の育成方法

データサイエンティストの需要は高まっていますが、即戦力となる人材を外部から採用するには限界があります。

 

そのため、既存社員をリスキリングし、組織としてのデータ活用力を底上げする企業が増えています。これには段階的な教育プログラムの設計や、実務体験を通じたスキル獲得といった継続的な取り組みが求められます。

●   社内研修プログラムの設計と実施
●   ハンズオン形式での実践教育
●   プロジェクトベース学習(PBL)の導入
●   メンター制度による個別指導
●   社内勉強会とコミュニティ形成
●   外部リソースの活用

 

一方で、ただ研修を実施するだけでは定着率が低い恐れがあるため、OJTやプロジェクト型学習の仕組みづくりなど、社内外のリソースを組み合わせた支援策が必要です。

 

データを扱う担当者だけでなく、経営層や現場スタッフまで含めて意識改革を進めることで、データ活用の可能性を組織全体で広げることが期待できます。


社内研修プログラムの設計と実施

初心者向けの研修としては、データ解析の基礎知識やエクセルでの簡単な集計・可視化など、ビジネスの現場でよく使う手法を学ぶところから始めるとよいでしょう。

 

研修内容を設計する際には、各部門が抱えている課題や要望を取り入れると効果が高まります。たとえば、販売部門が抱える「顧客単価を上げたい」「特定地域での販促効果を知りたい」といった要望をテーマに設定すれば、学んだスキルが即座に実務で役立つため、学習意欲が上がるでしょう。

 

さらに、受講者の成果を数値化して評価する制度や、研修を修了した社員に対してキャリアパスの選択肢を広げる仕組みを設けることで、研修効果を長続きさせられます。実際に成果が出るまで時間がかかるケースもあるため、経営層の理解とサポートが欠かせません。


ハンズオン形式での実践教育

ハンズオン形式の研修は、講義だけでは得られない「体験」を通じて学ぶメリットがあります。実際のビジネスデータを使い、分析から可視化、モデル構築までの流れを一連の作業として体験するため、理論と実務のギャップを埋められます。

 

PythonやR言語によるプログラミング演習も含めると、コードのバグ修正やデータクリーニングの重要性を肌で感じられるでしょう。

 

また、製造業や金融業など特定領域向けのケーススタディを取り入れれば、参加者が自分の業界や業務にどう応用できるかイメージしやすくなります。たとえば、製造業の稼働データを使った異常検知モデルや金融業の信用リスク評価モデルなど、現場で活かせる題材を扱うのが効果的です。

 

実践教育は、座学に比べて準備が大変ですが、定着率の高さと学習意欲の維持に大きく役立ちます。さらに、現場のデータを用いることで、研修後にも継続的に分析手法をアップデートしやすくなり、各部門の課題解決へスムーズにつなげられるでしょう。


プロジェクトベース学習(PBL)の導入

PBL(Project-Based Learning)では、実際の業務課題をテーマに設定し、研修参加者がチームを組んで問題解決に取り組みます。分析から戦略提案までを一貫して行うため、単なる知識習得にとどまらず、コミュニケーション力やリーダーシップも同時に鍛えられる点が強みです。

 

たとえば、顧客満足度向上という目標を掲げ、問い合わせデータや購買履歴を分析し、改善策を立案して経営層や関連部門へプレゼンを行う形式が考えられます。プレゼン後にはフィードバックを受けて施策をブラッシュアップし、より実行性の高い計画に仕上げます。

 

こうしたサイクルを繰り返すことで、理論と実践が結びつきやすくなるのがPBLの特徴です。

 

また、異なる部署から人材を集めることで、普段は交わらない視点が入り、イノベーションを促進しやすくなります。成果物が直接ビジネスに反映されるケースも多く、企業全体のDX推進を加速させるための効果的な学習方法として注目されています。


メンター制度による個別指導

メンター制度を導入すると、学習者がつまずいた際に迅速にサポートを受けられ、実践的なスキルを身につけやすくなります。社内に十分なノウハウを持つメンターがいない場合は、外部の専門家を活用する企業もあります。

 

個別指導では、本人の成長スピードや得意・不得意を踏まえたアドバイスができるため、集団研修よりも効果的なケースが多いです。

 

メンターは技術的な質問に答えるだけでなく、学習者のキャリアプランや今後のスキル習得方針についてもコンサルティング役を担います。たとえば、機械学習の分野に興味を持った社員に対して、業務で活かすために必要なプロジェクトへアサインしたり、関連セミナーや学会情報を紹介したりするなど、きめ細かいフォローが可能です。

 

また、メンター制度を通じて企業全体の学習風土を醸成する効果も期待できます。ノウハウが暗黙知化するのを防ぎ、問題解決の実例を組織内で共有しやすくなるためです。

 

定期的な面談や進捗報告を取り入れることで、学習者とメンター双方が「学び合い」を継続できる仕組みをつくるのが理想的です。


社内勉強会とコミュニティ形成

社内勉強会は、社員同士が自発的に知識を共有できる貴重な場になります。データサイエンスに興味を持つ人が集まり、課題を持ち寄ってディスカッションすることで、新たな解決策や技術的アイデアが生まれることも少なくありません。

 

勉強会を開催する側にとっても、資料の作成や発表準備を通じて理解が深まるメリットがあります。

 

また、短期集中で課題に取り組む「ハッカソン」や、アイデアを出し合う「アイデアソン」といったイベント形式を採用すると、楽しみながらスキルを伸ばせる環境ができます。日常業務から離れて新しい発想を試す機会は、特にイノベーションを求める企業にとって有益です。

 

さらに、オンラインコミュニティ(社内SNSやSlackチャンネルなど)を整備し、日常的に情報交換を行えるようにしておくと、勉強会の成果が途切れずに継続しやすくなります。

 

小さな成功事例やコツを共有し合うことで、社員全体のデータリテラシーが徐々に高まり、分析の質も向上していくでしょう。


外部リソースの活

データサイエンスの世界は技術革新が速いため、社内だけでキャッチアップするのは容易ではありません。そこで、外部の教育機関やオンライン学習プラットフォームを活用し、最先端のテクノロジーや手法を効率的に学ぶ企業が増えています。

 

公的機関や大学との連携を視野に入れ、最新の研究成果をビジネスに応用する動きも活発です。

 

また、外部講師やコンサルタントを招いて企業向けのカスタマイズ研修を実施する例もあります。自社の課題に直結したテーマで専門家から指導を受けることで、短期間で大きな成果を上げられる可能性が高まるでしょう。

 

費用面がネックになる場合でも、政府が提供する助成金制度を活用すれば導入障壁を下げられます。

 

さらに、定期的にカンファレンスや勉強会に参加することで、最新動向を把握し、人脈を築くことも重要です。

 

専門家とのネットワークを持つことで、トラブルシューティングや最新ツールの選定に役立つ情報を得る機会が増え、スピード感を持って組織のデータ活用体制をアップデートできるようになります。


データサイエンスを活用した企業事例

実際にデータサイエンスを活用し、大きな成果を上げている企業はさまざまな業種に存在します。製造業、小売業、金融業など、多岐にわたります。

 

ここからは、以下の事例を取り上げて紹介します。

●   株式会社小松製作所
●   オムロン株式会社
●   イオン株式会社
●   株式会社三井住友フィナンシャルグループ

 

各社が自社固有のデータを活用することで、高付加価値なサービスや高精度な経営判断を実現し、競合との差別化を図っています。特に、運用コスト削減や売上増など即効性のある効果から、長期的なブランド価値向上まで、多面的なメリットを得られるのが特徴です。

 

また、成功事例の背景には、データサイエンティストを中心とした社内体制の強化があることが少なくありません。組織が分析結果をどう受け入れ、現場で生かすかという「マインドセット」まで変えることができれば、大きな成果を得やすいでしょう。


株式会社小松製作所

株式会社小松製作所(コマツ)は、鉱山現場向けの無人ダンプトラック運行システム(AHS)を提供し、業界の先駆者としての地位を築いています。

 

同社のデータサイエンティストは、生産性や安全性に関するデータの可視化を行い、現場の改善点を抽出することで、顧客への改善提案活動をサポートしています。また、AHSの配車・制御に関する改善点を開発部門にフィードバックする役割も担っています。

 

データ分析の業務において、現場や製品に対する知識が不足していると感じるときは、実際に現場を訪問してリアルな情報に触れたり、社内のさまざまな部署の方と意見交換を行うよう心掛けています。

 

特にAHS関連のビジネスでは、世界的な資源メジャーの顧客とやり取りをするため、現場サポートやマーケティングビジネス関連の部署の方と接する機会が多くあります。顧客のニーズに合ったサービスを提供できるよう、何度も打ち合わせを重ね、社内で事前にしっかり認識合わせをすることを大切にしています。

 

これらの取り組みにより、コマツはデータサイエンスを活用して顧客満足度の向上や競争力の強化を実現しています。データサイエンティストの役割は、単なるデータ分析にとどまらず、現場との連携や製品開発へのフィードバックを通じて、企業全体の価値創造に大きく貢献しています。

 

参考:株式会社小松製作所「データサイエンス:Autonomous」


オムロン株式会社

オムロン株式会社は、2012年からデータ活用による新規事業の創出を目指し、未来のデータ流通の在り方を描き、その実現に向けた検証を進めてきました。

 

当初、オムロンはデータが流通する仕組みの特許「SENSEEK」を申請し、ビジネス化を試みましたが、社会の潮流にはまだ早すぎたため、手応えを感じることができませんでした。

 

その後、製造現場でのデータ前処理に課題があることに気づき、現場でのデータ活用を最優先とする方針に転換しました。具体的には、現場で必要なデータの生成、抽出、整理を行い、データが活用され、連携できるようにすることを目指しました。

 

このように、オムロンは試行錯誤と方向転換を繰り返しながら、データ活用支援事業を構築しています。データサイエンティストは、単なるデータ分析にとどまらず、現場との連携や製品開発へのフィードバックを通じて、企業全体の価値創造に大きく貢献しています。

 

参考:オムロン株式会社「流れあるところに、ビジネスチャンスあり!」


イオン株式会社

イオングループは、デジタルトランスフォーメーション(DX)を推進する中で、膨大なデータを活用した先進的な取り組みを行っています。特に、データイノベーションセンター(DIC)では、グループ全体のAIイノベーションを推進し、顧客体験の向上と利益の最大化を目指しています。

 

DICでは、POSデータを活用した顧客理解の手法として、自然言語処理技術の一つであるLDA(Latent Dirichlet Allocation)を導入しています。これにより、購買履歴から顧客の興味・関心を推定し、マーケティング戦略の最適化に役立てています。

 

さらに、レシート情報を文章として解析し、購入商品のクラスタリングや類似性分析を行うことで、店舗レイアウトの最適化や関連商品のレコメンデーションを実現しています。

 

また、購買履歴とSNSデータを組み合わせた新商品開発支援も進めています。特定エリアのSNSデータからトレンドを抽出し、感情分析を行うことで、顧客のニーズに合った商品の開発を目指しています。

 

これらの取り組みにより、イオングループはデータサイエンスを活用して顧客満足度の向上と競争力の強化を実現しています。データサイエンティストの役割は、データ分析だけでなく、現場との連携や製品開発へのフィードバックを通じて、企業全体の価値創造に大きく貢献しています。

 

参考:TECH PLAY「イオングループのDX推進のキーマンたちが語る「イオンDX」の最前線 ―データ分析基盤を活用した事例・データ人材の育成」


株式会社三井住友フィナンシャルグループ

三井住友フィナンシャルグループ(SMFG)は、データドリブン組織への変革を推進するため、データサイエンティストの専門組織を強化し、データサイエンティストの育成フレームワークを充実させています。

 

さらに、データマネジメント部門を発展させ、本格的なデータマネジメント組織(DMO)の構築を目指しています。

 

これまで、SMFGは「攻め」の観点からデータ活用を推進してきましたが、今後は「守り」の観点にも注力する方針です。

 

具体的には、グローバルな課題として注目されるデータ利活用とプライバシーのバランスを考慮し「プライバシーガバナンス」を強化する体制の構築です。また、データの正確性を担保するため、データガバナンスの重要性も増しています。データの処理の正確さだけでなく、データの源泉を遡って説明できる体制が必要となっています。

 

SMFGは、2020年からの中期経営計画で「攻め」に重点を置き、一定の成果を上げてきました。2023年からは「守り」を強化し、「攻め」と「守り」のバランスを取りながら、データドリブン組織への変革を進めていくことが重要と考えています。

 

これらの取り組みにより、SMFGはデータサイエンティストの育成とデータガバナンスの強化を通じて、データドリブンな組織体制の構築を目指しています。

 

参考:DOORS「SMBCグループにおけるデータドリブン組織への変革に向けた取り組み」


これからのデータサイエンティストの重要性

AI技術の進歩とクラウド環境の普及によって、データの収集や単純な分析作業はますます自動化が進む見込みです。しかしながら、人間ならではの創造性や洞察力が求められる工程は依然として数多く存在します。

 

特に、複雑なビジネス課題の本質を見極め、適切なモデルを設計し、その結果を経営や現場に落とし込む一連のプロセスは、データサイエンティストの真価が発揮される部分と言えます。

 

今後は生成AIやマルチモーダルAIなどの新技術が普及し、取り扱うデータの種類や規模はさらに拡大すると予想されます。これに伴い、学習済みモデルの活用やファインチューニングといった高度なテクニックも重視されるようになるでしょう。

 

単に統計や機械学習の理論を知っているだけではなく、既存モデルを効率的に組み合わせて新しいサービスを生み出せる柔軟性や、ステークホルダーとのコミュニケーション能力がますます求められます。

 

さらに、社会全体でデータの倫理・ガバナンスが注目される中、データサイエンティストは法令遵守と責任あるデータ活用の旗振り役にもなる必要があります。企業が持続的に成長するためには、社会的信用を得ながら革新的なサービスを提供するバランス感覚が不可欠です。

 

そうした観点から、今後のデータサイエンティストはビジネスパーソンとしての総合力を磨き、組織を支えるコア人材として一層の活躍が期待されています。