リスキリングとは?企業の導入メリットやプロセスを解説
現在、DX推進に取り組む企業が増えており、それに伴ってIT人材も不足しています。このような状況において、リスキリングが注目を集めています。
しかし、社内にリスキリングを導入するためには、ノウハウや環境が整っていない企業も少なくありません。
そこで本記事では、リスキリングの概要や導入のメリット、進め方などを解説します。
▶記事監修者:髙橋 和馬氏
IKIGAI lab.オーナー/富士フイルムビジネスイノベーション株式会社
生成AI社内推進者や実践者が集まるコミュニティ「IKIGAI lab.」のオーナー。NewsPicksトピックスをはじめ、インプレスThinkIT、こどもとITで生成AI記事を連載。その知見をもとにイベント開催や企業での講演実績も多数。社内では海外工場で新商品立ち上げや人材育成に加え、生成AIを活用した営業プロセスや製造業の業務改革に着手。
リスキリングとは?
リスキリングとは、技術革新やビジネスモデルの変化に対応するために、新しい職務や役割に必要なスキルを習得することを指します。特に近年では、デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進に伴い、デジタル技術に関連するスキルの習得が重要視されています。
世界経済フォーラムの最新レポートによると、2027年までに全世界の労働者の60%以上が新しいスキルの習得を必要とすると予測されています。特に注目すべきは、生成AI技術の急速な発展により、従来の業務プロセスが大きく変わろうとしていることです。
アップスキリングとの違い
リスキリングとアップスキリングは、一見似ているように見えますが、その目的と方向性に大きな違いがあります。
リスキリングは、全く新しい職務や役割に必要なスキルを習得することを目指します。例えば、営業職からデータサイエンティストへの転換や、製造ラインの作業者からロボット制御技術者への移行などが該当します。これは、組織の横方向への展開を促進し、企業全体の適応力を高める効果があります。
一方、アップスキリングは現在の職務における専門性を深めることが目的です。例えば、マーケティング担当者がデジタルマーケティングのスキルを強化したり、プログラマーがより高度な開発言語を習得したりすることを指します。これは、垂直方向への能力向上を意味します。
リスキリングは組織の変革を促進し、新しいビジネスモデルや技術への対応力を高めます。これにより、企業は市場の変化に柔軟に対応できる体制を整えることができます。一方、アップスキリングは既存の業務の質を向上させ、競争力を維持・強化する役割を果たします。
リカレント教育との違い
リカレント教育とリスキリングは、どちらも学び直しを意味する概念ですが、その目的や実施方法に大きな違いがあります。
リカレント教育は、個人が主体的に学びを選択し、キャリアの節目で教育機関などに戻って学び直す機会を指します。例えば、大学院での専門知識の習得や、専門学校での資格取得など、比較的長期的な視点での学習を特徴としています。
一方、リスキリングは企業主導で行われることが多く、現在の職務や将来的に必要となる特定のスキル習得に焦点を当てています。特にDXの進展に伴い、従業員が現職を維持しながら新しい技術やスキルを習得することを目的としています。
実施方法においても、リカレント教育は一時的な休職や退職を伴うことが多いのに対し、リスキリングは業務と並行して進められるのが特徴です。これにより、学んだスキルを即座に実務に活かすことができ、企業にとっても即効性のある人材育成が可能となります。
アンラーニングとの違い
デジタル時代における人材育成において、「アンラーニング」と「リスキリング」は異なるアプローチながら、相互に補完し合う重要な概念です。
アンラーニングは、既存の知識や価値観を見直し、時代に合わなくなったものを意識的に手放すプロセスを指します。例えば、従来型の階層型組織での意思決定方法や、アナログベースの業務プロセスへの固執を見直すことが該当します。
一方、リスキリングは新しい職務や役割に必要なスキルを積極的に習得することに重点を置きます。具体的には、AIやデータ分析といったデジタルスキルの習得や、新規事業開発に必要なビジネススキルの獲得などが挙げられます。
両者の大きな違いは、その目的にあります。アンラーニングは環境変化への適応力を高めることを目指し、リスキリングは具体的な職務遂行能力の獲得を目指します。
実際の企業での実践においては、アンラーニングとリスキリングを組み合わせることで、より効果的な人材育成が可能となります。例えば、DXを推進する際、まず従来の業務プロセスへの固執を見直し(アンラーニング)、その上で新しいデジタルツールの活用スキルを習得する(リスキリング)というアプローチが効果的です。
リスキリングが注目される背景
近年、リスキリングが企業の人材戦略において重要なキーワードとして注目を集めています。この背景には、急速なテクノロジーの進化とビジネス環境の変化があります。
リスキリングが注目される背景としては、以下の理由が挙げられます。
● デジタル技術の進歩によるIT人材の不足
● 経済のグローバル化
● 社会構造の変化
● 政府の支援と政策
● 組織と個人の競争力向上
● 社会全体の生産性向上
このような背景から、リスキリングは単なるトレンドではなく、企業の持続的な成長と競争力維持のための重要な戦略として位置づけられています。特に、デジタルスキルの習得やAI活用能力の向上は、今後のビジネス環境において必須のものとなっていくでしょう。
デジタル技術の進歩によるIT人材の不足
生成AIや機械学習の普及により、従来のスキルだけでは対応が難しくなり、新たなデジタルスキルの習得が不可欠となっています。データ分析や事務処理の自動化が進む中、効率的な業務遂行が求められ、また新しいデジタルツールやプラットフォームの導入に対応するため、継続的な学習が求められています。
特に、データ分析の分野ではビッグデータの自動処理が進み、AIツールの活用により、専門知識がなくても高度な分析を実行できる環境が整いつつあります。また、業務プロセスの自動化も加速し、RPAやAIを活用した業務効率化も進展中です。これにより、企業は定型業務だけでなく、戦略的な意思決定を要する業務も自動化することが可能になりつつあります。
このようにテクノロジーが発展していくなか、IT人材の不足が深刻な課題として浮上しており、リスキリングの重要性が高まっています。経済産業省の報告によれば、日本におけるIT人材の不足数は、2030年には41万人から最大79万人に達する可能性があるとされています。
この不足を補うために、既存の従業員が新しいデジタルスキルを習得し、ITの進化に対応できる体制づくりが急務です。
経済のグローバル化
経済のグローバル化が加速する中、企業の競争環境は国内市場から世界市場へと大きく拡大しています。
このような環境変化に対応するため、企業には異文化理解力や国際的なコミュニケーション能力を持つ人材の育成が急務となっています。特に、アジア太平洋地域での事業展開を考える日本企業にとって、英語だけでなく、中国語や東南アジアの言語にも対応できる多言語人材の需要が高まっています。
さらに、グローバル人材に求められる能力は、単なる語学力にとどまりません。異なる文化背景を持つチームをまとめるリーダーシップ、多様な価値観を受け入れる柔軟性、そしてグローバルなビジネス感覚が不可欠です。
このような状況下で、企業はグローバル人材の育成を戦略的に進める必要があります。従来の語学研修だけでなく、海外拠点での実地研修、オンラインを活用した国際プロジェクトへの参加など、実践的な育成プログラムの構築が求められています。
社会構造の変化
日本の社会構造は、急速な少子高齢化により大きな転換期を迎えています。労働人口が減少していくなか、社会全体での生産性向上が求められており、企業の人材戦略に重大な影響を及ぼしています。
また、従来の日本型雇用システムとも言える終身雇用制度は、人材の流動化やグローバル化の進展により、その持続可能性が問われています。特に、若年層においては転職志向が強まっており、どこに所属していても成長し続けられることが重要視されています。
このような環境変化に対応するため、企業は社員の継続的な能力開発を重視する傾向にあります。従来の「会社依存型」のキャリア形成から、個人が主体的に学び続ける「自律型」のキャリア開発へと移行しつつあるのが実情です。
さらに、外国人労働者の増加により、職場の多様化も進んでいます。この変化に対応するため、異文化理解力やコミュニケーション能力の向上が不可欠となっています。
政府の支援と政策
日本政府は、デジタル社会への移行を加速させるため、リスキリングを国家戦略として位置づけ、積極的な支援を展開しています。
経済産業省が主導する「リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業」では、753億円の補正予算が組まれ、個人のキャリア相談から実践的なスキル習得、さらには転職支援まで一貫したサポート体制を構築しています。
また、「第四次産業革命スキル習得講座認定制度」を通じて、AIやデータサイエンスなどの成長分野における教育プログラムを認定し、厚生労働省の教育訓練給付制度と連携することで、受講者の経済的負担を軽減しています。
厚生労働省では、人材開発支援助成金に「事業展開等リスキリング支援コース」を新設し、企業の新規事業展開に必要な人材育成を支援しています。さらに、教育訓練給付制度においても、デジタル関連講座を大幅に拡充し、労働者の自発的なスキルアップを後押ししています。
このように、新しいスキルを習得するための補助金や奨励金制度が整備されつつあります。
組織と個人の競争力向上
デジタル技術の急速な進化により、企業と個人の双方にとってリスキリングは競争力維持・向上のポイントになっています。
企業にとって、リスキリングは単なる人材育成策ではなく、事業競争力を左右する重要な経営戦略となっています。特に、生成AIやデータ分析といった先端技術の活用能力は、業界内での優位性を確保する重要な要素です。
一方、個人にとってもリスキリングは、キャリアの可能性を広げる重要な手段となっています。デジタルスキルを習得することで、昇進や転職の機会が広がることも魅力でしょう。
また、スキルアップによって自己成長を感じることで、仕事への意欲が向上するといった効果もあります。これは、企業にとっては離職率の低下につながります。
社会全体の生産性向上
リスキリングは、個人や企業レベルの成長だけでなく、日本経済全体の生産性向上に大きく貢献する可能性を秘めています。
特に注目すべきは、リスキリングを通じた新たなビジネスモデルの創出です。従来の業務プロセスをデジタル化するだけでなく、AIやデータ分析を活用した革新的なサービスが次々と生まれています。
例えば、製造業における予知保全サービスや、金融業におけるAIを活用した与信審査など、高付加価値なビジネスモデルが創出されています。
さらに、リスキリングは労働市場の流動性を高め、適材適所の人材配置を促進します。また、デジタルやAIに関するスキルを身につけることで、単純作業の自動化や効率化だけでなく、より戦略的な業務への時間配分が可能になるでしょう。
企業がリスキリングを導入するメリット
企業がリスキリングを導入することで得られる効果は、短期的な業務効率の向上から長期的な企業価値の向上まで、多岐にわたります。
主なメリットとしては、以下が挙げられます。
● 業務効率化の促進
● 新しいアイデアの創出
● 採用コストの削減
● モチベーションアップ
このように、リスキリングの導入は、目の前の業務を効率化できるだけでなく、企業の競争力強化と持続的な成長に不可欠な要素となっています。
特に、デジタル技術の急速な進化により、従来の業務プロセスが大きく変化する中、リスキリングへの投資は、企業の将来的な成功を左右する重要な経営戦略となるでしょう。
業務効率化の促進
リスキリングによって社員が新たなスキルを習得することで、業務の効率化にもつながります。特に、生成AIに関連するスキルは、文書作成や分析レポートの作成時間を大幅に短縮できるでしょう。
データ分析スキルの習得も、意思決定プロセスの改善に大きく役立ちます。従来は経験や勘に頼っていた判断が、データに基づく客観的な意思決定へと変化し、プロジェクトの成功率アップにもつながります。
また、基本的なプログラミングスキルの習得により、日常的な業務プロセスの自動化を進めることができ、より創造的な業務に時間を割くことが可能となるでしょう。
新しいアイデアの創出
リスキリングは、単なるスキル習得以上の価値を企業にもたらします。特に、異なる分野のスキルを組み合わせることで生まれる革新的なアイデアは、企業の競争力強化に大きく貢献するでしょう。
さらに、新しいスキルを身につけることで社員の創造性も高まり、それまでは思い浮かばなかったようなビジネス戦略を立案できる力が発揮できます。
また、異なる部門間でのスキル共有により、組織全体の創造性も向上します。例えば、デジタルマーケティングのスキルを習得した製造部門の従業員が、製品開発段階から顧客ニーズを反映させる提案を行い、製品の市場適合性を高めるといったことなどです。
このように、リスキリングを通じた新しい知識や経験の獲得は、社員個人の創造性を高めるだけでなく、組織全体のイノベーション力向上にもつながるでしょう。
採用コストの削減
企業の人材戦略において、リスキリングは採用コストの削減を実現する効果的な手段として注目されています。今いる社員を育成することにより、新規採用にかかるコストを削減できるからです。
さらに、リスキリングは人材の定着率向上にも貢献します。効果的なリスキリングプログラムを導入することで、社員の離職率が下げられる可能性があります。離職率が低下すれば新規採用の必要性を減少させ、長期的な採用コストの抑制につながります。
このように、リスキリングは直接的な採用コストの削減だけでなく、人材の定着率向上や即戦力化による間接的なコスト削減効果も期待できる、効果的な人材戦略といえます。
モチベーションアップ
リスキリングは、社員の成長意欲とモチベーション向上に大きな影響を与えます。新しいスキルを習得していく過程を通じて、社員は自分自身の成長を実感することができ、それによって仕事への意欲が高まるでしょう。
新しいスキルを習得することで、自身の市場価値の向上を実感できると、より積極的な学びへとつながります。その結果、将来のキャリアに対する不安が軽減できるかもしれません。
また、リスキリングのために社員が学びを続けることは、組織全体の学習文化の醸成にも効果があります。このような組織になると、社員のチームワークや士気も高まるでしょう。
競争力強化
リスキリングを通じた組織の競争力強化は、デジタル時代における企業の生存戦略として不可欠な要素となっています。特に、リスキリングを通じて獲得した新しい知識や技術が、企業の新規事業やサービスの開発にもつながっている点です。
企業は包括的なリスキリングプログラムを導入することで、社員は新しい技術やトレンドに適応しやすくなります。これにより、変化する市場環境に迅速に対応できる組織へと強化できるでしょう。
さらに、継続的なリスキリングの実施は、企業の知的資産の蓄積にもつながります。社員が習得した新しいスキルや知識は、組織内で共有され、さらなるイノベーションの源泉となります。
このように、リスキリングは単なる人材育成策ではなく、企業の持続的な競争優位性を確保するための重要な経営戦略となっています。
企業におけるリスキリングの進め方
企業がリスキリングを効果的に推進するためには、体系的なアプローチが不可欠です。計画的なリスキリングプログラムを実施することで、より効果的な学びにもつながるでしょう。
大まかな進め方としては、以下のような流れになります。
- 必要なスキルの特定と目標設定
- 教育プログラムの策定と実施
- 学習環境の整備
- 効果測定とプログラム改善
- 社内文化の醸成
リスキリングを進めるには、現状のスキルギャップを特定し、従業員に適したトレーニングプログラムを設計・実施することが必要です。また、継続的な学習環境を提供し、スキルアップを促進する仕組みを整えることも求められます。
このような取り組みは、企業が変化する市場環境で持続的に成功するための基盤となります。
必要なスキルの特定と目標設定
効果的なリスキリングを実施するためには、まず組織全体のスキルマップを作成し、現状と将来必要となるスキルのギャップを明確にすることが重要です。
目標設定においては「SMART」原則に基づく具体的な指標が重要です。例えば、「6ヶ月以内に全従業員の80%がAIツールの基本操作を習得する」といった明確な目標を設定することで、進捗管理が容易になります。
さらに、設定した目標は経営層から現場まで、組織全体で共有することが重要です。目標を明確にすることで社員の学習意欲が向上し、リスキリングプログラムの完了率も高まるでしょう。
このように、スキルの特定と目標設定は、リスキリングの成否を左右する重要な要素となります。特に、生成AIなど急速に進化するテクノロジーに対応するため、定期的なスキル要件の見直しと目標の更新が必要です。
教育プログラムの策定と実施
効果的なリスキリングを実現するためには、体系的な教育プログラムの設計と実施が不可欠です。複数の学習方法を組み合わせたハイブリッド型の教育プログラムを導入することで、スキルの習得率を高められます。
具体的な学習方法としては、オンライン研修、対面式ワークショップ、eラーニング、メンタリング制度など、多様な選択肢を用意することが重要です。特に、生成AI時代においては、AIツールの実践的な活用スキルを習得できるハンズオン形式の研修が効果的とされています。
また、自社でプログラムが提供できないときは、外部機関との連携も積極的に検討すべきです。例えば、Microsoft、Google、AWSなどの大手テクノロジー企業が提供する認定プログラムや、専門教育機関が実施する実践的なコースの活用なども有効になります。
さらに重要なのは、学習した内容を実践に移す機会の創出です。新しく習得したスキルを実際の業務で活用できる環境を整備することで、スキルの定着率が大幅に向上するでしょう。
学習環境の整備
特に重要なのは、就業時間内での学習時間の確保です。就業時間内に学びの時間を取ることで、社員が負担を感じることなく学習に取り組めるでしょう。
また、学習管理システム(LMS)の導入も重要なポイントです。AIを活用した最新のLMSでは、個々の従業員の学習進捗や理解度を詳細に分析し、個別最適化された学習コンテンツを提供することが可能です。これにより、社員は自身の成長を可視化でき、モチベーションの維持にもつながります。
さらに、スキル習得を適切に評価・報酬に反映する仕組みも必要です。スキル習得を報酬制度と連動させることで、社員の学習意欲が高まり、新しいスキルの習得率もアップするでしょう。
このように、学習環境の整備は単なる施設や設備の問題ではなく、時間の確保、進捗管理、評価制度など、複合的な要素を組み合わせることで、効果的なリスキリングを実現することができます。
効果測定とプログラム改善
リスキリングの成功には、効果的な測定と継続的な改善が不可欠です。定期的にフィードバックを行うことで、スキルの習得率だけでなくプログラムの効果を確認できます。
効果測定においては、定量的・定性的の両面からのアプローチが重要です。定量的な指標としては、スキル習得度テストのスコア、業務効率化率、新規プロジェクト参画数などが挙げられます。一方、定性的な指標としては、従業員の自己評価、上司からのフィードバック、チーム内での貢献度評価などを活用します。
特に注目すべきは、AIを活用した効果測定ツールの導入です。例えば、学習管理システム(LMS)にAI分析機能を組み込むことで、個々の従業員の学習進捗や理解度をリアルタイムで把握し、カスタマイズされたフィードバックを提供することが可能になっています。
プログラムの改善においては、収集したデータを基に、PDCAサイクルを確実に回すことが重要です。
また、従業員からのフィードバックを積極的に取り入れることも重要です。例えば、月次のフィードバックセッションを設けたり、オンラインでの匿名アンケートを実施したりすることで、より実効性の高いプログラムへと進化させることができます。
社内文化の醸成
効果的な社内文化醸成の第一歩は、経営層からのメッセージ発信です。リスキリングの目的や意義を明確に伝え、組織としての本気度を示すことが重要です。例えば、CEOや役員自らが学習プログラムに参加したり、定期的に学びの成果を共有したりすることで、従業員の意識改革を促進できます。
また、「学びの見える化」も重要な要素です。社内SNSやイントラネットを活用して、従業員の学習進捗や成功体験を共有する仕組みを構築するとよいでしょう。
このような社内文化醸成の取り組みは、短期的な成果を求めるのではなく、継続的な改善を重ねることが重要です。特に、評価制度との連携や、学習時間の確保など、具体的な施策と組み合わせることで、より効果的な文化の定着が期待できます。
リスキリングの企業取り組み事例
企業におけるリスキリングの取り組みは、業界や企業規模を問わず急速に広がっています。また、効果的な人材育成と競争力の維持を目指す企業にとって、他社の事例を参考にすることは、自社の取り組みを成功させるためにも重要な意義を持つでしょう。
ここでは、以下の企業事例を紹介します。
● ENEOSホールディングス株式会社
● 中外製薬株式会社
● KDDI株式会社
これらの事例から、成功するリスキリングプログラムには、明確な目標設定、実践的な学習機会の提供、そして経営戦略との緊密な連携が重要であることが分かります。
このような事例の活用は、企業が持続的な成長を実現し、変化する市場環境での優位性を確保するための重要なステップとなります。
ENEOSホールディングス株式会社
ENEOSホールディングス株式会社は、エネルギートランジションに対応するため、人材戦略の一環としてリスキリングを推進しています。
同社は、従業員が自律的にキャリアを考え、成長分野で活躍するための知識・技術・経験の獲得に取り組む姿勢を重視しています。これを支援するため、ベンチャー企業への派遣やM&A・プロジェクトマネジメント研修など、多様な能力開発の機会を提供しています。
さらに、タレントマネジメントシステム「PASSPORT」を活用し、個々の能力や適性を可視化することで、適材適所の人材配置を実現しています。
これらの取り組みにより、従業員のエンゲージメント向上と事業ポートフォリオの転換を支援し、エネルギーの安定供給とエネルギートランジションの両立を目指しています。
中外製薬株式会社
中外製薬は、全社的なDX推進とリスキリングを戦略的に展開している先進的な企業です。2019年にデジタル戦略推進部を設立して以来、特に注目すべき取り組みとして「CHUGAI DIGITAL ACADEMY(CDA)」を2021年に開講し、体系的なデジタル人材育成を実施しています。
同社のリスキリング戦略の特徴は、経営トップのコミットメント、明確なビジョンと戦略、推進体制の構築、文化風土醸成・人材育成、プロジェクト推進と成功事例創出、積極的な発信という6つの観点を重視している点です。
CDAでは、スタッフからマネジメント層、経営層まで、各層に応じた複数のプログラムを提供しています。特に注目すべきは「データサイエンティスト育成コース」と「デジタルプロジェクトリーダーコース」で、9ヶ月にわたる実践的なカリキュラムを通じて、実務に直結するスキル習得を実現しています。
参考:中外製薬株式会社「生成AIの全社ごと化に取り組む中外製薬。リスキリングの専門家と語り合う、生成AIで変わる人と組織の未来」
参考:中外製薬株式会社「未経験からデジタルプロジェクトリーダーへ 中外製薬のデジタル人財育成プログラムでリスキリングした社員3名の活躍」
KDDI株式会社
KDDIは、デジタルトランスフォーメーション(DX)を推進する中で、包括的なリスキリング戦略を展開しています。特に注目すべきは、「KDDI DX University」の設立を通じた体系的な人材育成プログラムの実施です。
同社のリスキリング戦略の特徴は「4D(Discover、Design、Develop、Deploy)サイクル」という独自のアプローチにあります。このサイクルでは、まず現場の課題を発見し(Discover)、解決策を設計(Design)、必要なスキルを開発(Develop)、そして実践(Deploy)するという流れで、実務に直結したスキル習得を実現しています。
特筆すべきは、ハイブリッドワークとリスキリングを組み合わせた革新的なアプローチです。コロナ禍をきっかけに、オンラインでの商談にエンジニアが同席し技術的な質問に即答するなど、新しい働き方を通じて業務効率を向上させています。
生成AIの普及とリスキリングの重要性
AIは、高度なデータ分析やコンテンツ生成、自動化など、さまざまな業務に応用できる一方で、その潜在能力を引き出すには、AIの仕組みを理解し、適切に活用できる人材が必要です。このため、企業は従業員に対するリスキリングを通じて、新しいスキルセットの習得を促進する必要があります。
リスキリングを通じて生成AIを活用できる人材を育成することは、業務効率の大幅な向上や生産性の飛躍的な向上につながるでしょう。
さらに、生成AIを活用したリスキリングは、従来の業務改善にとどまらず、創造的なアイデアや新規事業の機会を生む可能性を秘めています。生成AIがもたらすデータ処理能力や予測分析は、これまでにない洞察を提供し、新しい製品やサービスの開発を促進します。これにより、企業は競争力を強化し、市場での優位性を築くことが可能です。
生成AIの普及に対応するためのリスキリングは、単なるスキルアップではなく、企業全体の成長を支える戦略的な取り組みといえます。このような背景から、生成AIとリスキリングの連携は、企業が未来の変化に対応するためのポイントになるでしょう。